『 其処は怒涛の楽園 』(1)
何時だって自分の意思で道を選んだ。
何時だって真っ直ぐ前を向いて歩いた。
自分の生き方に誇りを持って。
僕はどうしたいのかどう在りたいのか。
僕にとっての正義が僕を呼ぶほうへと真っ直ぐに。
この両足でこの大地にしっかりと立って。
広い世界に生きている数多の人々のうちのたったひとりのほんのちっぽけな存在だとしても僕は。
僕が僕であることに誇りを持って生きてきた。
誇り高きゲルマン民族として恥じることのないようにと。
けれど・・・・・・自分が如何にちっぽけな存在なのかを思い知らされたのが15歳の頃。
自然の猛威には逆らえない・・・・・・・・・・じゃなくて、まるで(豆)台風のような破天荒な年上の人に振り回されて。足元を浚われるみたいにいともあっさりと。
振り回されて翻弄されてトラブルにも巻き込まれて。
だけど何故だかちっとも厭じゃなかった。
御伽噺ばかり口にするその人が新鮮だったのかもしれない。いつでも考えてから行動する僕とはまるで正反対に先ず身体が動く‘天才’とナントカが紙一重な顔ばっかりがやたら綺麗なその人に憧れの念なんてものを抱いてしまったのかもしれない。
なにしろほら、人は自分にないものに惹かれるものだから。
今その人は結果が出せずに意気消沈して、その勢いも輝きも内側に閉じ込めてしまっているけれどもだからこそ僕には放って置くことが出来なくて。
僕が、何とかしてあげたい。幸せそうな顔で笑えるようにしてあげたい。
・・・・・・・・・・なんて思っていた僕は暢気すぎたのかもしれない。僕はまだまだ子供だったのかもしれない。研究を認められて技術にお金を出してくれる人が現れて、いっぱしの大人になったつもりで居たけどまだまだ世の中の広さを知らない子供なのかもしれない。
だって・・・・・・僕は今・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
「ぎゃぁぎゃぁ喚くな!うるせぇぞアルフォンス!!!」
「だって!そんな!うそぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーー!!!」
「だぁぁっ!お前デカイ図体してじたばたすんじゃねぇ!!じっとしてやがれ!」
もう、この命が長くは持たないって、自覚があった。
あなたが語る‘御伽噺’が本当に存在するのだと知って、僕を利用するあの人たちがあなたの国を目指しているのを知って。
僕が、あなたを‘帰して’あげられるんだって解った。嬉しいと思った。
僕がこの手で、あなたを帰してあげられたなら・・・・・・・・・それが、僕がこの世に生きた証になるから。
大好きなあなたを僕が帰してあげられるのなら・・・・・・この命が終焉の幕を降ろすそのとき、それを誇りに、瞼を閉じよう。
そんなことを思ってさようならと静かな心でロケットのエンジンを移し変えたこの小さな戦闘機にエドワードさんを詰め込んだのが30秒前。
「今なら・・・・・・あなたは帰れます」
そう言って笑ってコックピットのカバーを閉じて。エンジンの起動スイッチを入れたのがたったほんの5秒前。
なのにどうして見送った筈の飛行機のコックピットに僕が、エドワードさんと二人で詰まっているんだろう・・・・・・・・・?
「なぜっ!?どうしてっっ!?物理的に不可能だそんなの!!あの状況でどうやってカバー開けられたんですかっエドワードさんっっ!?」
「深く考えるなアルフォンス。世の中にはな、理屈で説明の付かないコトだってあるんだ。‘火事場のクソヂカラ’ってヤツだ。いいから大人しくそこに座ってろ」
そこって・・・・・・そこって・・・・・・・・・あなたの膝の上ですよエドワードさん!!
うわぁどうしようドキドキする。
此の世の想い出にしようとこの感触を深く皮膚感覚に焼き付けながらも、重くはないかと気になってわずかに腰を浮かせた瞬間・・・・・・・・・僕らを乗せた戦闘機は・・・・・・・・音速を超えた。
「うううう気持ち悪い・・・・・・」
「あぁ、音速超えたしな。すっげー重力かかってんだろ」
「吐きそう・・・・・・・・・・」
「おめーはこれに俺一人乗っけて発射させようとしたんだろーがよ」
「うぅぅゴメンナサイ・・・・・・うぷ」
「しゃーねーな。その辺に吐いとけ・・・・・・・・・ってお前それまた血ぃ吐いてんじゃねぇだろうな」
「それは大丈夫。喀血じゃなくて嘔吐・・・・・・・・・。が・・・・・・我慢します」
「・・・・・・無理すんな」
だからお願い背中はさすらないでくださいエドワードさん。そんな醜態見せたくないんです男の意地です。お願いですから。
・・・・・・・・・って、えっ?えっ?どこ触ってるんですかっ!?やっ!そんなエドワードさんてば大胆な!!あぁっ!そんなあっちもコッチも!!
「って・・・・・・どぁぁぁぁぁっっ!?なにっ!?何だこれっこの触手みたいな黒いのっっ!!??」
「あー、これな。扉ん中通るときにいつも絡み付いてくんだよな・・・・・・連れてかれんなよ、アルフォンス」
連れてかれるってナンですかっっっ!?連れてかれちゃうことあるんですかっっ!?
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!」
残された時間があと幾許もないって自覚があった。僕を利用した人たちを裏切ったりしてただで済むとは思ってはいなかったからなかなか決死の覚悟ではあった。
だけどやっぱりこんなところでこんなわけのわからないものに巻き付かれて死ぬのはいやだ怖すぎるっっっっっ!!!!!
「ガタガタうるせぇ!しっかり肝を据わらせろ!男だろ!キンタマ付いてんだろうがっっ!!!」
うぅぅぅ嫌だ。あの綺麗な顔でキ〇タマなんて。その形のいい桜色の唇でキン〇マなんてキンタ〇なんて。
よよよと泣き崩れる僕の背中をエドワードさんがパシンと叩いた。
「しっかり捉まってろ・・・・・・・・・抜けるぞ!!」
音もなく静かに蠢き揺らめき渦を巻く光の扉。
迷いなく真っ直ぐに前を見据えるエドワードさんの横顔。研究に熱心だったあの頃のような輝き。
呆けて見惚れる僕の視界に、黒い影が走る。
振り返った背後に暗く光る血の色をした巨大な眼、僕たちの乗った飛行機に追いすがる無数の黒い小さな手・・・・・・逃がすまいと触手を伸ばす僕の心臓が恐怖に凍りつく。
「前を向いてろ!扉を抜けることだけ考えろ!生きることに執着しろ・・・・・・・持ってかれんなよ、アルフォンス!!」
‘生きることに執着しろ’と、エドワードさんが、言った。
‘生きることに執着しろ’と。
その言葉が僕の深いところに落ちてくる。
・・・・・・・・・でも、あと、どれだけ持つかわからないんだ。
本当は、起きているのも辛かったんだ苦しかったんだ。
だから、あなたを帰してあげられたら僕はもういいって思ったんだ。
だけど・・・・・・。
諦めなくていいのかな。最後の瞬間を迎えるその時まで。
僕は僕の命を諦めなくてもいいのかな?
その時間が、後どれだけ残されているのか、判らないけど・・・・・・・・・。
こみ上げてくる熱いものを飲み下して奥歯を噛み締めて嗚咽を堪えて泣きたいんだか笑いたいんだか自分でもよく解らなくて。
僕らの進む先が、青く、抜けた。
生まれ育ったミュンヘンの煤けた空ともカーニバルで訪れた郊外の青い空とも違う。
見たこともない、深い、深い、広い青空。
ここが、エドワードさんの生まれた国。
あの人たちが目指した国・・・・・・・・・シャンバラ。
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