『 其処は怒涛の楽園 』(2)
僕らの後に続くように、トゥーレ教会の飛空挺が扉から姿を現す。その鋼色の機体にどろりとした黒い物体をこびりつかせたまま。
扉の内側で僕らを捕らえようとしたのとおそらくは同じ真っ黒い小さな無数の手・・・・・・それを絡みつかせたまま、この群青の空に黒く染みをつくる。
青いあおい空が鈍銀色に光る眼下の街に濃い闇のような影を落とす。高度を落とし、鎧を纏った兵士たちを送り込む。次々と。
細かく刻まれた光の筋、機体から浮かびあがる紫に輝く謎の文様・・・・・・魔法陣?
街の各所で火の手が上がる爆発が起こる。破壊される街並み焼き尽くす焔立ち上る黒煙つちけむり逃げ惑う人々殺されてゆく人々。
何の罪もない、軍人でもない、一般市民が・・・・・・・家を奪われ、殺されてゆく。
戦争が・・・・・・殺戮が・・・・・・・・・・・‘楽園’を破壊してゆく。
どうして・・・・・・・・・・・・・?
・・・・・・・・・・・あれは僕が造った・・・・・・・・・・・・・あれのエンジンは僕が造った。
・・・・・・・・・・・・・・どう・・・して・・・・・・?
『技術』を・・・・・・・・・未知の世界の技術を・・・・・・国の為に持ち帰るんじゃ、なかったの・・・・・・・・?
僕が・・・・・・・・・彼の国に・・・・・・戦争を持ち込んだ・・・・・・・・・・・・・持ち込ませて、しまった・・・・・・?
僕が・・・・・・罪もない人たちを・・・・・・・・・・・・・殺し・・・・・・・・・て。
怖くなった怖ろしくなっただってあれは僕が造った僕があの飛空挺にエンジンを載せた。扉の中を抜けることが出来る音速を超えるエンジンを・・・・・・・・・・。
僕の身体がガタガタと震えた。
僕が12歳の頃に、世界中を巻き込んだ大きな戦争が、終わった。
わが国はドイツは、アメリカにもロシアにも負けない技術を持っているのに、と、悔しそうに歯噛みする大人達の言葉を繰り返し繰り返し聞きながら、僕たちは育った。
誇り高きゲルマン民族の一員として、我がドイツが如何に優れた国であるのかを世界に誇示する為に僕や僕の友人たちは最先端とも言える機械工学に、このロケット工学にのめりこんだ。
自分の国が故郷が如何に優れているのかを示したいという気持ちが、ただ純粋に、僕たちを駆り立てた。
僕が小さな子供だった頃、軍人だった隣家のおじさんは、戦争に行って死んだ。
遠くの戦場で、クラスメイトの歳の離れたお兄さんが戦死した。
僕が住んでいた街は戦火に覆われることがなかった。戦争はいつも遠くの地で起こっていた。
戦争はいつも・・・・・・・・・遠い国の出来事だった。過去の出来事だった。
だから僕は失念していた。
戦争は・・・・・・・・・人を殺すのだ。街を燃やすのだ。
そこに暮らす人の想いも尊厳も何もかもを踏み躙って・・・・・・・・・。
優れた技術が軍事に転用される・・・・・・・・人を殺す為に使われる。
力を・・・・・・・示す為に・・・・・・・・・・・・・・・・・。
考えてみれば当然のことなのに・・・・・・・・・・・・・僕は・・・・・・・・・。
真下で、爆発が起こる噴煙が巻き上がる大気が振動して僕らの乗る機体を震わせる。
足元で・・・・・・僕の真下で・・・・・・・・・・何の罪もない人が殺されてゆく・・・・・・・・・・・・・・。
子供も、女の人も、年老いて余生を送る人も皆・・・・・・・みんな・・・・・・・・・・・・・。
殺されて、ゆく・・・・・・・・・。
「あ・・・・・・ぅあ・・・・・・・・・・・ぁ」
怖くて・・・・・・自分が作り出してしまったものが、自分がしてしまったことが怖くて叫び出してしまいたいのに咽喉が塞がれたみたいに封じられてしまったみたいに声が、出ない。
音にならない叫びの代わりに身体がガタガタと大きく震える。この震えを止めようときつく自分の身体を抱いても抑えようもなく身体が震えるガタガタとガタガタと。
息が出来ない息の仕方がわからない苦しくて・・・・・・苦しいよ・・・・・・死んでしまう死んでしまう・・・・・・・・・・みんなしんでしまう・・・・・・僕が、みんな・・・・・・・・・・・・・!
「アルフォンス」
僕の背を温かな腕が抱いた。きつく自分の身体に食い込ませた指をあたたかな掌が包んだ。
「・・・・・・お前は、利用されただけだ。騙されただけだ」
お前が悪いんじゃない、と、硬いのに優しい声で。
「でも・・・・・・あれは・・・僕が造った・・・・・・・・・僕が」
この国に、あなたの故郷に、災いをもたらしてしまった・・・・・・・・・。
「お前が造らなくても、奴らは他の人間にこれをつくらせた。そうでなければ、また別の手段を。それに第一・・・・・・・・・扉が開かなければ、ここに来ることは出来なかった。扉を開いたのは・・・・・・俺の親父だ」
勿論、親父だってこんなことを望んだわけじゃなかった、と。あいつも、俺を返そうとしただけだった、と。彼が自嘲する声で呟く。
「俺が行くところではいつも、何かしら起こる・・・・・・俺が、災いを引き寄せんだ」
その言葉が悲しくて、彼の、エドワードさんの顔を見ようとした。
その時。
強く弾かれるような衝撃を受けて、小さな機体が大きく揺らいだ。
「くっそ!操舵が効かねぇっっ!!」
降下する機体を立て直そうとエドワードさんが操縦桿を握りなおす歯を食い縛って引きつける。
けれど左の翼に傷を負った飛行機は上昇できず、左右方向のコントロールが多少効くだけ。しかもその動きすらもかなり重い。
ほとんど体重移動で、着陸できそうな大通りへと機首を向ける。その間にも次々と銃弾は降り注ぎ左右の翼が打ち抜かれる。白煙が上がる炎が生まれる。
高度が下がる。けれどブレーキが利かない車輪が出ない減速できない。
不運は重なるのか前方に建物が現れる迫り来るこのままでは衝突する!
「ちぃっっ!!」
彼の舌打ちが耳元で聴こえる。
コントロールパネルのボタンにガチャガチャとせわしなく指を這わす。
「くそっ、どれだっ!」
座席の右側、コックピットのカバー・・・・・・ハッチを開閉するためのレバーに気づく力いっぱい引き付ける。手応えがない。異常に軽い動きばかりが繰り返される。
不審に思って外を見た僕の視界に映る絶望。
ハッチを押し上げるために取り付けられたスライドバーが破損し、今にも外れて飛ばされそうに頼りなく・・・・・・・・・。
今度こそ・・・・・・・・・。
今度こそ、もうダメなのだと、思った。
もうここはエドワードさんの故郷なのに、やっと帰ってこれたのに・・・・・・・・・。
僕たちは・・・・・・ここで・・・・・・・・・・・・・。
「諦めるなっつってんだろうがっっ!!!!」
僕を怒鳴りつけながらエドワードさんは、彼を座席に固定していたシートベルトを外す。シートを限界まで倒し、僕の体を抱き寄せる。
「いいか、アルフォンス。膝を曲げて前面のパネルに足の裏をしっかり付けておけ・・・・・・そうだ。いいぞ」
叱咤する声に呆然としながら従う。体を小さく折りたたむようにして膝を引き付け、言われたとおりコントロールパネルに足をつく。
「このハッチを開ける。よく聴けよ、俺が合図をしたら足元を思いっきり蹴るんだ。ここから飛び出す。角度は・・・・・・斜め上、35°。大丈夫、俺たちは死なない。大丈夫だ」
俺にしっかりつかまってろよと彼が笑って僕の頭を守るように抱いて・・・・・・・・・。
あ・・・・・・・エドワードさん、いい匂い・・・・・・・・・・・・・・・・・。
いや、そんな場合じゃないのはわかってるんだ・・・・・・・・・でも・・・・・・でもっ!
なんかもう、ここは天国なんじゃないだろうか。
これは僕の見ている夢なんじゃないだろうか。
だってこんなふうに互いの身体を密着させてエドワードさんを抱きしめて(正確にはしがみ付いて)大切そうに首を抱かれて・・・・・・こちらも正確には僕の頭を守っているだけなんだって解ってるけど。・・・・・・・・・けど!でも!!
どさくさに紛れて、エドワードさんの首筋に顔を埋めてみる。
甘い香りにくらくらする。どきどきと心臓が高鳴る。
「怖いのか?アルフォンス。大丈夫だ。怖がらなくていい」
彼の腕に力が入る。僕の頭を強く抱き寄せる。
ビバ!シャンバラ・・・・・・・・・っ!
あぁ、もう僕はここで昇天してしまいそう!!!!
ビュンッッ!!
耳元で鋭く風が鳴る。
義肢を付けた左足でエドワードさんがハッチを力強く蹴り上げる。
次の瞬間。
ゴゥと、まるで塊のような風が僕たちに襲い掛かる。上着の中に入り込んでバルーンのように膨らませてここから掻き出そうと吹き付ける。
「うわぁっっっ!!!」
飛ばされそうになった僕を彼の腕が引き寄せる僕もあわててしがみ付く。
「3・・・・・・・・・2・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・うっとり昇天しかかっている場合じゃなかった・・・・・・・。
カウントダウンは既に始まっている。
「・・・1・・・・・・・・・今だ!!!」
なんだかもう焦りまくって訳も解らないまま、彼の掛ける合図に押し出されるように足元のコントロールパネルを満身の力をこめて蹴り飛ばす。
足元から離れてゆく機体。白煙を纏った閃光がいくつも幾つも視界をよぎる。たった今まで僕らが乗っていた戦闘機が・・・・・・ロケットが弾丸の雨に貫かれて撃墜される。建物にぶち当たって爆発する。
まるで映画のように現実のない映像が僕の目の前をゆっくりと・・・・・・・・・違う。
違う・・・・・・これは現実だこれは戦争だ・・・・・・・・・僕が今まで体験してこなかっただけだ。
爆風に煽られ吹き飛ばされる肉体とは裏腹に、心はゆっくりと凍り付いてゆく。
死が、こんなにも身近に頬を掠めてゆく恐怖に。僕がこの殺戮を持ち込ませてしまった罪に、恐怖に。
凍り付いて・・・・・・からっぽになって・・・・・・・・・・・・・・・地面に叩きつけられる粉砕された建造物の破片がバラバラと降り注ぐ。
「兄さんっ!!」
「エド!」
駆け寄る足音。
呼びかけに身を起こしたエドワードさんが僕を確認して大丈夫かと抱え起こす。
少し咳き込んで、それでもどこにも怪我はないことを伝えると軽く背中をさすられた。
「エド・・・・・・!」
大きな荷物を抱えた女の人が、エドワードさんに抱きつく。
「おかえり・・・・・・・・兄さん」
泣き笑いの顔をした男の子が、エドワードさんを‘兄さん’と呼んだ。
ならば、彼が・・・・・・・・・あれ、でも・・・・・・・・・・・・・・・?
違和感に困惑して呆けていたら、1ブロック先でまた、爆発が起きた。
「アル・・・・・・・あの扉は、お前が作ったのか?」
中空に浮かぶ光の扉。僕らが飛び込んだのと同じ光の門。
それを見上げて静かに、エドワードさんが弟に問いかける。
「・・・・・・・・僕は・・・・・・・・・・・っ」
青ざめて、少年が駆け出す。エドワードさんと同じ、金の髪を揺らして。
同じだ、と思った。さっきの僕と同じ・・・・・・・・・。
大丈夫だよ、君のせいではないよ。
あれを作ったのは僕だから。あのロケットを作ってしまったのは僕だから。
あれは、僕の罪だから・・・・・・・・・・・。
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