『 Honey Dripper 』
想いを自覚したのは、アルがまだ鎧の身体だった頃だ。
『彼女が欲しい』というお前の言葉に嫉妬を覚えた。
『恋わずらいじゃないの?』といったブロッシュ軍曹の言葉に激しい不快感を覚えた。
醜い嫉妬、独占欲。
俺を気遣う温度のない指に甘い痺れを覚えて。
これが、家族に向けるべき感情ではないと気が付いた。
普通は、戸惑うのかもしれない困惑するのかもしれない。
けれどその、本来血のつながらない異性に対して持つべき感情がアルフォンスに向かうのは、俺にはとても自然なことに思えた。
だって、愛しいのだ。
誰よりも大切で、必要で、愛しいのだ。同じ母から産まれた、この弟が。
誰よりも誰よりも愛しいのだ。
その頃は、でも、その想いをただこの胸の中に大切に大切に宝物にして、綺麗なもののままでしまっておけた。
その宝物を時々取り出しては磨き上げて、その想いに、寄り添うように抱きしめて。
切なさはそれでもまだ俺に幸福な気持ちをもたらして。
けれどもお前が肉体を取戻して成熟して二人とも大人になって・・・・・・。
その引き締まった口元に、器用な長い指に、生身の身体が放つフェロモンに。
俺の身体が熱を伴った疼きを覚えて。
アルとは別に用意された一人の部屋のそれでもなかなかに広いベッドの上、俺は邪魔な衣服を落とし、己の身体に指を這わせた。
この街のどこかで、アルは女を組み敷いて。
(触って・・・・・・アル・・・)
その指でその唇で柔らかな肉体を貪って。
(抱いて・・・抱いて、くれよ・・・・・・)
俺は左手の指先で、何の役にも立たない小さな乳首に触れた。
指先でつまみ、乳輪ごと揉みしだく。
アルの、弟の指を思い浮かべて。
指を口に含み唾液を絡ませる。
濡れた指で掬うように乳首を転がして。
(ね・・・・・・舐めて。歯、立てて。噛んで・・・・・・)
瞼の裏に、俺の肌を啜る弟の姿を思い描いて。
形のいい唇がきつく吸い上げるさまを思い描いて。
「ん・・・・・・ぁふ」
機械鎧の右手を下腹に伸ばす。焦らすように、周囲で指を遊ばせて。
焦らされてふるふると立ち上がった性器の裏、陰嚢に続く細く張り詰めた薄い皮膚を指先でそっとなぞって。
「あぁ・・・・・・んっ・・・ぅ」
『ここ?・・・・・・ここがいいの?』
耳の奥に、弟の声を・・・・・・甘い囁きを思い浮かべて。
低く、淫らな響きを想像して。
「ぃ・・・・・・っい。・・・・・・そ、こっ、きもちぃ・・・っ」
(アル・・・アルっ・・・・・・ア、ル・・・っ)
『もっといい所・・・・・・あるでしょう?』
反り返った性器に触れる。先端に溜まったぬめりを塗り広げて機械鎧の掌に包み込む。
くちゅくちゅといやらしい音がして。より一層、体積を増して。
「ハ・・・ぁ・・・・・・んっ」
『そこ?・・・・・・違うでしょ?兄さんのいいところは、もっと・・・・・・』
ああ、そうだ。
俺の欲は、こんなもんじゃない。
もっと浅ましくて、もっと、醜くて・・・・・・。
左手の指先を、奥へと滑らせる。
熱を放つ脈動を通り過ぎて、受け止めてもらえない吐き出せない澱みを溜め込んだ嚢の更に奥の、物欲しげに蠢く貪欲な其処へと。
宝物のように大切にしていた想いが熱を伴った餓えに変わって、アルフォンスが夜、一人で出かけるようになって。
女物の香水の、かすかな残り香を連れて帰ってくるようになって。
俺は、この行為を覚えた。
同じ夜の下、アルフォンスに抱かれ悦びを与えられている女が居て。
俺はここで一人で虚しい行為に耽って。
虚しくて涙が出そうになってそれでも、この欲望を知られないように捨ててしまわなければならなくて。
お前に気付かれないように捨ててしまわなければならなくって。
そうしないと。
俺はいつかお前の脚に縋ってお前の男にむしゃぶりついて、ねだってしまう。盛りの付いた雌猫のように尻を掲げて身を震わせて。
だからこんな汚い欲望など捨ててしまわなければならない。
お前に知られないように。
お前に気付かれないように。
お前の前ではただの清潔な人形で居られるように。
お前が大切に扱う、気に入りの人形で居られるように。
俺はサイドテーブルに手を伸ばし、載せてあった小瓶を手に取った。
パーティーに出る前に『乾燥して傷むといけないから』とアルが髪に揉みこんでくれた、花の香りのするオイル。長い指で髪と頭皮をマッサージして。あまりの心地よさにうとうとして笑われた。
瓶の口を塞いでいるコルクを外し、指先に少量を絡めて。
そっと、浅ましくひくつく其処に触れて・・・・・・。
オイルのぬめりを借りて指の先をもぐりこませれば、待ち焦がれていたように中が動いて。
『そうだね、兄さんはそこを犯されるのが好きなんだよね』
そうだ。ここをアルフォンスに犯されたい。
奥まで貫いて、めちゃめちゃにして・・・・・・。
足りない。指なんかじゃ足りない。
もっと奥のほうが疼くのに、自分の指なんかじゃ届かない。
奥まで挿れて、めちゃめちゃに犯して・・・・・・。
「アル・・・・・・っ、犯して・・・・・・・・・」
満たされない疼きをどうしてやることも出来ないまま、俺は虚しい熱を吐き出した。
あとどれだけ、俺はこんなことを続けるんだろう。
この狂った想いをアルに知られて、一緒に居られなくなるまでか?
アルが誰かと結婚して、新しい家庭を持つまでか?
いっそ他の人を好きになれば楽なのかもしれない。男でも、女でも。
だけど、他の誰にも恋なんか出来ないんだ。
お前しか、好きじゃないんだ。
アルフォンス。俺、お前のことしか、愛せないんだ・・・・・・・・。
こんな、バカな兄貴でごめんな、アル。
窓の下のざわめきが、一際大きくなった。
ああ、もうじき年が明けるんだろう。
だるい身体で時計を見上げれば、午前0時まであと30分もない。
人々は盛装して広場やホールに集まって、新しい年の幕開けを祝い慶び酒を飲んで踊って。
アルはこの街のどこかで、俺の知らない誰かと新年を祝って。
俺はここで一人で、世界から切り離されて・・・・・・。
せめて、シャワーを浴びようと思った。
こんな、吐き出した澱みで汚れた身体ではなく、さっぱりとした服に着替えて新年の鐘を聴こう。窓を開けて、この青くすえた臭いを新しい空気に入れ替えよう。
何か羽織るものを探そうとして、やめた。
汗と、己の精液でべとべとの身体。わざわざ洗濯物を増やすこともない。
どうせ誰も居ない、この部屋には。
誰が訪ねてくることもない、俺がただ一人でここに居るだけ。
俺は裸のままで立ち上がり、シャワールームへ足を向けた。
その時。
ドアが、開いた。俺が向かっていたシャワールームとは別の。この部屋と、ホテルの廊下とを隔てる扉が。
「兄さん・・・・・・何、それ」
部屋に篭る青くざらついた精の臭い。
俺の身体は汗と精液にまみれて汚くて・・・・・・。
アルフォンスが手にしていたワインの瓶を毛足の長い絨毯が受け止め、割れることを免れたそれがごろりと転がる。
驚愕に声も出ない。刺すような、アルフォンスの視線に身じろぎひとつ出来ない。
アルの背後で冷たい施錠音が響く。
大股で近づいてくる静かな、けれど憤怒をにじませた表情に、俺は初めて、この優しい弟に恐怖を感じた。
「誰も、部屋に入れちゃいけない、って言ったよね?誰が来ていたの?」
手首を強く捕まれて、左手に痛みが走った。
酒の匂いがアルに絡み付いている、酔っているんだ。
口調は表情はやさしいのに、瞳が笑っていない声に温度がない。
「だ・・・・・・誰も来てない。誰も入れてない」
アルフォンスの目が俺の身体を上から下までなぞって行く。
指先が、俺の乳首をきつく抓まみひねりあげる。
「つっ・・・・・・!」
「うそつき。乳首をこんなに真っ赤に腫らして、そんないかにも‘セックスしてました’って顔して」
乱暴に、ベッドの上に転がされる。
逃げようと後退った俺の足首が捉まれる。
「いいよ、全部調べるから。兄さんがどれだけうそつきなのか、僕が調べてあげるから」
押さえつけられて身動きが取れなくて。
アルが、俺の性器に、顔を寄せる。
「・・・・・・女の臭いは、しないね。なら、相手は男?」
腰の下に枕が挟まれて・・・・・・すべてがアルフォンスの眼に晒される。
オイルで濡らした、その場所も、全部。
「この匂い・・・・・・僕が買ってあげた香油を潤滑剤に使ったの?」
「・・・・・・っ!」
何の前触れもなく、いきなり指を突き込まれた。
「誰に・・・・・・誰に抱かせた?だれに、ここを赦した・・・・・・っ?」
「やっ・・・・・・やめろ、アルっ!誰とも、してな・・・いっ」
怖い。
怖い。
怖い。
「言えよ、兄さん。隠し立ては為にならない」
「してな、いっ。本当・・・にっ・・・・・・!」
「そいつのこと庇うんだ・・・?許さない・・・・・・許さないよ、兄さん」
グリッ、と。
「ひゃ・・・っ」
3本に増やされた長い指が、奥のほうを抉って。
今まで知らなかった奥のほうで、快感の火花が激しく散って・・・・・・。
力を失っていた性器が勢いよく跳ね上がって。
「・・・・・・兄さん、ここ、気持ち良いの?」
「や・・・・・・やめっ・・・あ、アルっ」
指先でそこを探りあてられ擦られて、俺の身体はみっともなく震えて勃起して。
「嫌じゃ、ないよね?ここをこんなにして」
猫の頭を撫でるような手つきで、大きな手が俺の性器を撫でさする。
「気持ち良いんだよね?兄さんは男にここを可愛がられるのが好きなんだよね?」
さっきまでの刃物のような声音は影を潜め、何故だかうっとりと、アルフォンスが呟いた。
視線は、俺の顔を見ないで。アルの指が埋まったそこを怪しい目つきで見詰めたままで。
「僕が、気持ちよくしてあげるよ。誰よりも気持ち良くしてあげる」
何時の間に取り出していたのか、アルフォンスはその猛々しく勃ち上がった男を今まで指が埋まっていたそこに宛がった。
「あ・・・あ・・・・・・ア・・・・・・っ」
指3本くらいじゃとても比べ物にならない体積を持ったそれが、俺の肉を分けながら挿って来る。
(どうして・・・・・・?)
心は驚愕に凍り付いているのに、身体はずっと欲しがっていたものを与えられて悦びざわめいて。ドクドクと脈打ちながらアルフォンスに絡み付いて。
遠くぼやけて鐘の音が聞こえる。町中から響き渡って喚声が上がって。
空っぽの月の中で鐘はくぐもって、歪な残響を終わりなく繰り返して。
幾つも、いくつも・・・・・・俺を嘲笑って。
「ああ・・・気持ち良いね、兄さんの中。解る?おいしそうに、僕のにしゃぶりついてる」
「ぁ・・・や、あ・・・んぅ」
「ここ、だったよね?」
奥に隠されていたその場所を力強く突き上げられて、魚みたいに身体が跳ねる。
「ひゃ・・・ぅん・・・・・・あっ、あっ、あっ」
抜き差しされる度に堪えきれない声がこぼれて、恥ずかしくて情けなくて、涙が出てきて。でも身体は悦び震えて快感ばかりをアルに教えて。
「可愛い声。感じやすいんだ・・・・・・誰が兄さんをこんな身体にしたの?凄く良いよ、兄さんの身体。誰がこんな、男を悦ばす身体に兄さんを開発した?」
「ちが・・・・・・っ、だ・・・とも、してな・・・・・・・ひゃ、ぁ」
じりじりとゆっくり、そこに引っ掛けるようにして引き抜かれて。
「強情だね・・・・・・まぁ、いいさ。他の男じゃ満足出来なくしてあげる。最高の快楽を・・・・・・兄さんにあげるよ」
(酔っているくせに。俺じゃなくても良いくせに・・・・・・)
乳首を舐め上げられ歯を立てられ噛み付くようなキスをされて。
身体中をきつく吸われて甘く強く歯を当てられて。
止めようもなく声は部屋中を埋め尽くして。
快感は細波のように穏やかで嵐のように激しく身体は歓喜に震え凍りついた心を裏切って。
甘い攻めは何度も何度も繰り返されて・・・・・・。
とうとう俺は、意識を手放した。
・・・and to be contenued for『 Hot Pursuit 』