『 人の気も知らないでっ! 』
僕はいまある問題に直面している僕はいまある危機に瀕している。
落ち着け僕、落ち着くんだアルフォンス・エルリック。
惑わされるなコレは単なる‘天然’だ。
深呼吸だ先ずは深呼吸だ。この一箇所に集中しそうな熱い血潮を散らしてなんとかやり過ごすんだ。
僕がいま直面している‘問題’は、僕の膝に金色の頭を預け時々甘えるように頬を摺り寄せながらくぅくぅと暢気な寝息を立てている。まったく人の気も知らないで!
確かに僕が鎧の体に宿っていた頃から、兄さんはよく僕の膝や背中に凭れて居眠りをしていた。僕の背中や肩によじ登って猫のようにじゃれ付いたりしていた。
でもあの頃の僕は触れたものの柔らかさもぬくもりも目の前で揺れる金の髪のいい香りなんていうのも、もう全然わからなかったんだ。
解らなかったから僕も暢気にその金の髪を撫でてみたり、気持ちよさそうに目を細めるその表情が猫みたいだなんて思って戯れにその咽喉元をくすぐってみたりなんかしてたけど。
生身の身体を取戻した今その温もりが感触が、甘い体臭がこんなにも悩ましい。
まさかコレ・・・・・・いや、僕の兄さんが人間兵器エドワード・エルリックがこれほどまでに物騒で危険極まりない生き物だったなんてこんな破壊力を持っていただなんて。
呆然と物思いにふける僕の膝で人間兵器が寝言をこぼす。
「ん・・・・・・アル・・・・・・・・・」
柔らかな声うっすらと開いた桜色の唇、形のいい小さな前歯かすかに覗く赤い舌。
落ち着け落ち着くんだ、はしゃぐんじゃないアルフォンス・エルリックJr。
・・・・・・・・・なんかもう、目の前がチカチカするよ助けてくれ母さん。
外出時、かつてのような黒の上下。白い手袋長袖の上着。顔以外の肌をすべて覆い尽くすスタイル。身体のラインがはっきりと出る革のパンツ形良く引き締まった小さな尻ほどよく筋肉が乗った太腿。
極端に露出を抑えたそのくせ妙になまめかしい服装。
一緒に出かける時々僕の前を歩くその形いい尻を鷲掴みしたくなる顔を埋めてみたくなる。
こんな生き物危なっかしくて一人で出歩かせられない。幾ら兄さんが強いといってもどこの馬鹿野郎たちが集団で襲いかからないとも限らない。
あぁでも一歩間違えればぼくもその馬鹿野郎の仲間入りなのだと気づく・・・・・・・・・。
家に居るなら首周りのゆったりとした部屋着。ゆるく結い上げたポニーテール白いうなじ柔らかくかかる金の後れ毛。裾が大きく開いたハーフパンツ。
窓辺に行儀わるく腰掛ける片膝を立てるパンツの裾がずり上がって美味しそうな太腿がむき出しになる僕の視線が吸い寄せられる兄さんが気づく笑いかける。
僕ははっと我に返る。
ダメだしっかりしろアルフォンス。兄さんは天然だ誘っているわけじゃないアレは決して誘惑なんかじゃない有り得ない。
深呼吸だ深呼吸するんだやり過ごすんだ。なんでもないんだ気のせいだアレは気のせいなんだからなアルフォンスJr!
すーはーすーはー・・・・・・ダメだこの手は何度も使いすぎて効きが悪い。そうだあれだ数を数えるんだ。
1、2、3、4、5・・・・・・。
よ、よし落ち着いてきたぞ。
「なぁ、アル。コーヒー飲まね?」
小首を傾げる首から鎖骨のラインに陽が射して白く照らされる。
「そ、そうだね・・・・・・淹れて来るよ」
あたふたとソファから立ち上がろうとする僕に首を振って、兄さんが窓枠からぴょこんと降りる。
「俺が淹れてきてやるー♪」
何故だか楽しそうにとても楽しそうに足取りも軽く兄さんがキッチンへと消えてゆく。
素足にサンダル。くりっと形よく突き出た踝スッとしたラインを見せるアキレス腱すらりと伸びた脚バラ色のかかと。
その後姿を見送って脱力し、僕はようやく息をついた。
まったくもう・・・・・・人の気も知らないで。
「ほらアル、コーヒー」
暖かな湯気豊かな香り。目の前に差し出されたマグカップを受け取る。触れてしまいそうな指先に細心の注意を払って。
ほんの一瞬、兄さんが唇を尖らせる拗ねた子供のような顔をする。
「ありがとう、兄さん」
僕が笑うと兄さんも一転笑顔を見せる。へへっと笑って僕の隣に腰をおろす。凄く近い距離触れる膝と膝。
うわっっ!!
その甘い温もりにびっくりして手元がぶれるマグの中のコーヒーが揺らいで僕の脚に跳ねる。
「うわアチチチっ!」
「あ、アル!大丈夫か!!」
慌ててタオルを取りに走り大急ぎで戻ってきた兄さんが、僕の脚に覆いかぶさるようにしてコーヒーにぬれたジーンズを擦る。
火傷してるといけないから早く脱いだほうがいいと言って、兄さんが僕のジーンズのボタンを外そうとして手をかける。
ダメだそんなことしたらムスコがっっ!!
「大丈夫っ!大丈夫だから兄さん!!」
至近距離でうるうると僕を見詰める金色の瞳。
「本当に・・・・・・大丈夫か?」
「うん。平気だから、心配しないで」
にっこり笑って兄さんの頭をポンポンと軽く叩く。子ども扱いされて恥ずかしいのか、その頬が赤く染まる。
まるでキスをねだるような表情、柔らかそうな唇。
てててて天然が天然で兄さーーーーーんっっっっっ!!!
落ち着け僕落ち着けアルフォンス何幻覚見てるんだコレはそうじゃない誘惑であるわけがない何都合のいい夢見てんだ僕は血のつながった兄さんが僕を誘惑するはずがないだろうっっ!
「・・・・・・アルフォンス・・・・・・・・・・・・・」
唇が丁寧に僕の名を綴る僕の視線は釘付けになる長い髪がふわりと香るくらくらと脳がしびれる身体のある一点に血液が集中し始める。
いち、に、さん、し・・・・・・・・・ダメだちっとも熱が引かない。な、何か気のぬけるネタをっムスコの気力を殺ぐネタをっっ!!
ぜっ全身タイツで踊る父さんっ!!!
しかし想像は違う方向に効き過ぎて・・・・・・・。
「ぶっ!!!!!!」
僕は堪らず噴き出した。兄さんは雷に打たれたみたいな顔をしている。
「ひ・・・・・・ひどい・・・・・・・・・」
「に、兄さん?」
「アルが・・・・・・アルが俺の顔見て噴き出したー!!」
ぼたぼたと涙をこぼしながら兄さんが駆けてゆく。
違うんだと呟き腕を伸ばしながらも、泣きながら走り去る兄さんも可愛いなどとつい思ってしまう僕はかなり終わっている・・・・・・たぶん。
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