『 Under the Moonlight 』









 訪れない眠りに気ばかりが急いて、手が届きそうで触れることの出来ない答えに、苛立ちがつのって。




 早く・・・・・・早くしなければ。
 早く取戻さなければ。
 俺の手足ならばいい。機械鎧に置き換え、生きている人はいくらでもいる。現に、俺もこうして多少の不自由さをも日常として旅を続けて。
 けれど、アルフォンスは・・・・・・俺のかけがえのない弟は・・・・・・・・・。


 早くしなくては。
 その時が来てしまわないように。
 早く取戻さなければ。
 取戻さなければ。




 俺たちが、その時を迎えてしまわないように。
 その時を迎えてしまわないように。

 早く・・・・・・早く・・・・・・・・・・はやく。




 この左腕を使えば早いのに。
 この右足を使ってしまえば早いのに。
 でも、アルがそれを許さないから。
 許してくれないから。



 惜しくなんかないのに。
 お前を取戻せるのなら、この腕も脚も・・・・・・いのちだって、惜しくはないのに。
 だけど、お前がそれを許さないから。
 アルフォンスが・・・・・・俺を惜しんでくれるから・・・・・・・・・。



 他の方法を探さないと。
 早く見つけないと。
 早くしないと。
 早く見つけ出さないと。
 早く取戻さないと。
 早くアルを取戻さないと。
 早くアルの肉体を取戻さないと。





 その時を迎えてしまわないように。
 何よりも大切なお前を失わないように。


 早く・・・・・・早く・・・・・・・・・早く・・・・・・・・・・・・・。





 気が焦るばかりでますます目が冴えて。
『ちゃんと眠らなきゃダメだよ』と、アルが言うから眠らないといけないのに。
 アルの分も眠らなくてはいけないのに。
 汽車の中でも床の上でも、変なときにはぐっすりと眠れるのに。
 二人別々の部屋をあてがわれたホテルでいつも、俺はなかなか眠れない。







「あぁ、もう・・・・・・」
 ベッドの上で訪れない眠りを待ち続けてイライラしても時間が無駄になるだけだ。
 俺は物音を立てないようにそっと起きだしベッドサイドの明かりをつける、トランクの中から手帳を取り出す。
 静かに。
 アルフォンスに心配をかけないように。




 なのに、聡い弟はわずかな気配にも気付いてしまう・・・・・・・・・。


「またそんなことして」
 静かに開かれた扉。溜息とともにつむがれた言葉。
 やさしく、笑いを含んだ甘い声であんまり頑張りすぎないでよと。
「・・・・・・ごめん」
 でも、俺、お前に優しくしてもらう資格なんかないんだ。
 甘やかしてもらう資格なんか無いんだ。
 だって俺が悪いんだから。
 俺が母さんを諦められなかったからいけなかったんだ。
 俺が禁忌に惹かれなければお前をそんな身体にしてしまうことも無かったんだ。

 悪いのは俺だからお前をそんな体にしてしまったのは俺だから。
 眠らないと。アルのためにも眠らないと・・・・・・・・・。


「眠れないなら、ちょっと僕の散歩に付き合わない?」
 ほら、お前はそうやって俺を甘やかす。
「たまには、ね、いいでしょ?」
 甘やかされて、嬉しいなんて、思う資格なんか俺には無いのに・・・・・・。
 うつむいた俺の背を軽く押してやさしく促して。
「さあ、早く着替えて。早くはやく」
 やさしいわらいごえに急かされて、俺は慌てて服を着替えた。








「ほら、兄さん。こっちこっち」
 手を引かれて、急ぎ足で。
 小走りになりながら手元をそっと盗み見る。

 鞣革の大きな掌にすっぽりと収められた俺のちっぽけな手。

 繋いだ手が恥ずかしくて、なのにこそばゆくて嬉しいなんて思って胸が苦しくて。
 どうして、好きだなんて言うんだろう。
 俺がアルを好きなのは当たり前だけど、どうして、アルは、俺を好きだなんて言うんだろう。
 どうして・・・・・・好きだなんて言うんだろう。



「ここだよ、兄さん」
 連れて来られた先は町外れの小さな家。
「この家にはおばあさんが一人で暮らしていたそうなんだけどね、先月体調を崩しちゃって、今はお嫁に行った娘さんの家で療養してるんだって」
 手を繋いだまま、アルフォンスに付いてゆっくりと庭へ回る。
「そのおばあさんは花が好きで、庭の花壇でいろいろな花を育ててるんだ・・・・・・って、水遣りを頼まれたここの隣の奥さんが教えてくれたんだけど・・・・・・・・・ほら、あれだ」
 アルフォンスの指が指し示す先に、一際大きな鉢植えがあった。
 今にも開きそうな大きな蕾を3つもつけて。


「良かった。間に合ったみたいだ」


 大きな満月が明るく照らす静かな庭で。
 花は、その白く細い花弁をゆっくりと、ゆっくりと拡げてゆく。
 重なり合った薄絹のような、透き通ったはなびらを大きく、おおきくひろげて行く。
 花から、ぽうっ、と光がうまれた。
 精霊がもし本当にいるとしたら、こんな花なのだろうと思った。
 月の光を浴びてゆっくりと笑って。小さな光を生み出して返して。



 綺麗だと思ったきれいだとおもった悲しいわけでもないのに涙がこぼれた。
 悔しいわけでもないのに涙がこぼれた。いけないのに。
 泣いちゃいけないのに頑張らなきゃいけないのに涙が出て止まらなかった。
 涙が出て止まらなかった。

 ふわりと、背中から抱きしめられた。
 ゆるく、やさしく。

「綺麗でしょう?・・・・・・この花はね、夜にしか咲かない花なんだって」
 人が寝静まってから咲いて、まだ誰も目を覚まさないうちに散ってしまうんだよ、と。
 こんなに綺麗なのに、一番きれいな時を誰にも見せないんだよ、と。
 兄さんと一緒に見られて良かった・・・・・・と、腕の中で聞かされて。



 温度が無いはずのアルの鎧の身体を温かいと思った。
 やさしさが、温度に変わるのだと思った。
 温かくて・・・・・・甘えてしまいたいと思った。
 ダメなのに。頑張らなきゃいけないのに。






「また、無理しようとしてる」
 呆れたようにそう言って、指先が俺の頬をつつく。
「甘えてよ。ねぇ、もっと僕に甘えて。一人で抱え込まないで」
 俺を抱きこむ腕が深くなる。
「兄さん一人の罪なんかじゃないって言ったでしょう?僕はね・・・・・・兄さんに笑っていて欲しいんだ。兄さんに甘えて欲しいんだ」
 どうして・・・・・・?
「だって・・・・・・俺・・・・・・・・・」


「好きなんだよ・・・・・・僕は兄さんが好きだから、甘えて欲しいって思うし無理しないで欲しいって思うし、僕の隣で笑っていて欲しいって、思うよ」


 どうしてだろう。
 どうしてアルが俺を好きだなんて言うんだろう。
 俺はアルが好きだけど、それはとても自然なことだけど、アルが俺を好きになってくれる理由が解らない。
「どうして・・・・・・」
「好きかって?理由なんか無いよ。ただ、どうしようもなく兄さんが好きで、他の誰よりも兄さんに惹かれる。それで充分でしょう?」
 だから無理なんかしないで、と。苦しくなるから、と。
 やさしくされて甘やかされて、どうしたらいいのか判らなくて・・・・・・・・・。

「ねぇ、兄さん。僕が兄さんに好きだって言うの・・・・・・我慢してるの?本当はいやだけど我慢して聞いてくれてるの?」
「違う・・・・・・ちがう・・・・・・・・・我慢なんか、してない」
 ただ、どうしたらいいか解らないだけ。どうして好きになってくれるのかが解らないだけ。
「なら、僕のこと、好き?」
 そのたった二文字を口にするのが恥ずかしくて頷きで返す。
「ちゃんと、言って」
 指先が俺の顎をつついて顔を仰向けに促されて、高い位置から覗き込まれて恥ずかしい。
「言って欲しいな」
 恥ずかしいけれども、アルフォンスがその言葉を望むなら。
「・・・・・・好き」
「もっと言って」
「好き・・・・・・好きだ」
 あんなに恥ずかしかったのに、言葉はとても自然に口から零れて落ちてゆく。
「愛してる?」
「あいしてる・・・・・・」
 その言葉に、今まで胸につかえていた重いものがほろほろと崩れて溶けてゆく。
「もっと、聞かせて?」
「愛してるよ」
 ずっと感じていた息苦しさが、その言葉につれられてからだの外へと追いやられて。
「愛してる・・・・・・愛してる」
 久しぶりに、ふかくふかく息をして。
 ほぅ、と、溜息をついた俺の頬を革の指の背が撫でて。
 胸の中が温かくて、やさしいものが広がって。


 とろりと、眠気が訪れる。


「眠かったら、寝てもいいよ。ちゃんとつれて帰ってあげるから」
「ん・・・・・・」




 いつの間にかあとの二つの蕾も美しく花開いて。


 月の光、光を抱く花。
 何よりも大切で愛しい、やさしいひとの腕の中で幸せな気持ちで眠りに誘われる。
 許されて、守られて大切にされて。






 青白くやさしい月の下でやさしくて愛しい人の腕の中で。
 花の香りのする清廉な空気を胸いっぱいに、吸い込んだ。










END