『 蒼白い月の水面で 』











 月明かりが窓から射して、僕らの世界を蒼く照らす。
 硬質な機械鎧にふわりとかかる、つややかな、金の髪。
 白いシーツの海を爪先が掻いて、細波を寄せる。




 兄さん、あなたは、この蒼白い月の水面で魚みたいに自由に泳いで。




 うっとりと微笑む琥珀の瞳。
 ねえ、この、魂しか持たない冷たい鉄の塊に愛を囁くあなたは、なんて滑稽できれいなんだろう。
 甘い声で僕を呼んで甘い声で愛を教えて。
 ねえ、この、音と光しかない世界をあなたの愛で深く満たして。


 僕には何の感覚ももたらさない掌で、その象牙の肌に触れる。
 触れた箇所から波紋が広がるように、あなたの肌に朱が差して染まる。
 もどかしげに眉根を寄せ唇をわななかせる。




 兄さん、あなたは、この蒼白い月の水面で僕の手に溺れて。




「アル・・・・・・・・」

 月明かりにゆらゆらと照らされて、兄さんが僕に両の腕を伸ばす。
 しなやかな生身の左腕と、鈍く光る機械の右腕。


 僕はその機械鎧に、触れた。


 僕をこちら側に取り戻すために差し出した、兄さんの右腕。
 僕にくれた右腕・・・・・・・・・惜しむこともなく、代価に、と。
 愛しい、いとおしい右腕。
 触れている、その皮膚感覚はない。おそらくは兄さんにも。



 でも、これは僕がここにいるという象徴。
 肉体は扉の向うに囚われているとしても、僕が生きてこの世に存在しているという象徴。
 僕を惜しみ、諦めずにいてくれた証。

「アル・・・・・・アルフォンス」

 兄さんの生身の左手が、僕のこの鎧の肌に触れる。
 僕を宿す、鉄の器を大切なもののように撫でる。



 ・・・・・・・・・ねえ、もっと僕を呼んで、僕を見つめて。



 僕がこの世のものであると、あなたが証かして。
 光と音しかない、この暗い水底に棲む僕を人であると、あなたが証かして。

「アル・・・・・・・・・」

 兄さんの肌の上で、掌を滑らせる。
 その動きに合わせてしなる身体、わななく唇は珊瑚のように濡れて色めいて。
 伏せた睫毛、とろりと濡れた金の瞳、浅く息を繰り返してゆっくりと脚を開く機械の右手が僕の手を其処に誘う。

「・・・・・・・アルフォンス・・・・・・・・・・・・」

 繋がりたい、と。深く、ふかく。



 兄さんがゆっくりと息を吐く。僕はその顔を見ながらあてがわれた其処に指を埋める。触れた感触も温度も知れない無機質な僕の指を。
 微笑を浮かべる、僕を受け入れた薄い腹を愛しいと呟いて、撫でる。

 愛しくてうれしくて泣きたいのに泣けない。

 ねえ、僕を愛して僕を求めて。
 この世のものだと僕を認めて。
 この世界に魂しか持たない僕を人であるとあなたが認めて。



 不安になるんだ。とてもとても不安になるんだ。
 特にこんな、月が蒼くかがやく夜は。
 人ならざるものたちがざわめくこんな、蒼い月のかがやく夜は。


「アル・・・・・・・アル・・・・・・っ」

 甘い小さな声を上げて、兄さんが切なく喉を反らす金の髪が海藻のように揺れてたゆたう。

 ねえ僕を呼んでもっと呼んで僕の存在を定義付けて。
 不安なんだとてもとても不安なんだ。ただ前だけ向いていられればいいのに。
 不安になるんだ蒼い月に呼ばれそうになる心が。



 音と光しか持たない水底の僕を高みから月が見下ろして誘う。



 ねえ兄さん僕を呼んで僕を愛して繋ぎとめて。
 あなたと同じ‘人’であると、定義付けて僕を証かして。




 物言わぬ月がガラス越しに僕らを窺う。僕らの世界を蒼く染める。




 この蒼白い月の水面で、兄さん・・・・・・・・・。


 溺れる僕は、あなたに縋る。













END