『 それは尊厳をかけた攻防 』











 弟と二人、取り戻すための旅を続けて幾年月。
 今日は東へ明日は西へ。
 帰る家は焼いてしまった・・・・・・・・・・・・・後戻りは、もう、できない。







 陽が深く傾き空は茜色に染まり、町はきらきらと黄金に輝いている。
 きっと綺麗なんだろうその夕日を拝む余裕もなく、俺は両腕いっぱいに本を抱えていた。
「・・・・・・・・・さすがに欲張りすぎたか」
 図書館と宿屋のおそらくはちょうど中間地点、機械鎧の右腕はともかく生身の左腕が、本の重みに限界を迎えそうになっている。
 指先が痛い、痛いというか冷たい、痺れる。
 本の重みで縮みそ・・・・・・・・いや、なんでもない。ありえないありえない。そんなことはありえない絶対。



 紙の重さはやはり馬鹿にはできない後悔先に立たずとは言ったものだが仕方がない。
 閉館時間が近づくにつれそわそわし始めた司書が、明日の朝一で返却するなら10冊までは貸し出すと言ったんだ。
 ふぅんそれってつまり、早く帰ってと言うことねと頭の隅で察し、まぁでも宿に戻ればアルと手分けして調べ物もはかどるだろうと物色し・・・・・・・・・。
 それにしてもなんだってこんな小さな町の図書館に気になる本がやたらとあるのか、気になる本はどうしてどれもコレもみんなこんなに分厚くて重いのか・・・・・・・・・・・・・。



 人生気迫と勢いで突進むこの俺エドワード・エルリック様といえども、さすがの重さに途方にくれかけているところを後方からものすごいスピードで追い抜かれるあの巻き毛には見覚えがある。
 チラリと見えた横顔はこの短い時間でと驚くくらい丹念に化粧が施され、見るからに気合が入っている。
 翻るスカート、漂う残り香、花の香り。
「さっきの司書のねーちゃん・・・・・・?けっ、デートかよ」
 全身からバラ色オーラ放出しまくりでイトシイヒトのところに一目散に駆けてゆくのだろうか。


 そんなふうには、出来ないから、俺は。


 羨ましいような、寂しいような。そんな気持ちでほんの少し唇を尖らせる。
 そんなふうに飛び込んでいけないから、俺は、あの腕の中に。





「またずいぶん借りてきたね。重いでしょう?手伝うよ、兄さん」
 どんな音よりも俺の耳に心地よい、優しい声に振り返る。
 背の高い、青灰色の鎧の胸元にくっきりと射す俺の影。寄り添うような抱きしめられているようなそれに、胸がきゅっと締め付けられる。

 いいんだ、俺は、俺たちは、これで。

「おう、助かるよ。サンキュな、アル」
 そんなささやかな甘さを大切にしまいこんで、俺は弟に笑顔を返した。



 な、早く、宿に帰ろう。ふたりに、なろう?











 持ち帰った本の中身も気になったけど、胸の中の甘いもやもやが納まらない。
 触れたくて触れて欲しくてその手をねだって。

 ヒミツの、関係。誰にも内緒。

 男同士で血の繋がった兄弟で一線を越えてしまった、人に知られちゃいけない関係。
 その掌が煽る熱を冷ややかな鋼の肌に移して、その鞣革の指に穿たれあばかれる欲望の証で艶やかな鋼の肌を暖かく濡らして。


 赦されて満たされて気だるいまどろみの中でたゆたう俺の髪を優しい指が撫でる。
 なぁ、俺、お前が望むこと、ぜんぶ叶えてやりたい。取り戻して旅を終えたら猫も飼おう?
 俺がお前にしてやれること、ぜんぶしてやるから。命だってぜんぶ、お前にやるから。


 そう言ったら、命なんかいらないよ、と、呆れたような優しい声。


「2人で元に戻らなくちゃ意味がないでしょう?2人で全部取り戻して、そうしたら兄さんにキスしたいな。力いっぱい抱きしめたい」
 うん。俺もお前といっぱいいっぱいキスしたい。お前に俺でいっぱい気持ちよくなってもらいたい。
 だから。
「よーし、そうと決まれば研究研究」
 服を着るのももどかしく、寝巻きだけ簡単に身に付けて俺は本をベッドに運び込む。
「俺、こっちから。アルはそっちからな」
「はいはい。どうでもいいけど、お腹冷やさないでよね、兄さん」
「おー」
 幸せだな、と思った。
 俺はこれでとてもしあわせだけど、アルのことはもっともっと幸せにしてやりたい。
 だから、何があっても諦めない。
 この、愛しい、優しいコイビトのために。





「なぁ、この記述どう思う?」
「ん?・・・・・・ああ、なんか怪しいね。暗号っぽい」
 錬金術書は『錬金術書でゴザイマス』なんて顔して置かれているようなものではない。
 その知識も力量も持たない人が、うかつに手を出して危険な目に遭わないために、まるで別の書物のようにしたためられている。
 それが高度であればあるほど一般書籍にしか見えない。
 俺とアルの感性は、重なる部分も重ならない部分ももちろんあって、だからこそ補い合える部分も多い。
 最高の、パートナーだと思う。
 アルもそう思ってくれていると言う。しあわせだと思う。
 ずっと、ずっと一緒にいたいと思う。





 幸せを噛みしめながら読み進めるうち、ふと、‘自然’に呼ばれる。


 ごそごそとベッドから這い出す俺に、アルが声をかける。
「どうしたの、兄さん?」
「ん、ちょっと、トイレ」
 起き上がり、スリッパに足を入れる。
「そう。手伝うよ、兄さん」
「おう、サンキュ。助か・・・・・・・・・・・は?」
 今、なんて?
「兄さん、目がまんまる」
 弟よ、兄ちゃんを指差すのはやめなさい。
「俺、トイレに行くって言ったんだけど?」
 聞き違い、だよな?
「うん。だから、手伝うって。あ、もしかして、大きい方?」
「ちげーよっっ!」
 シッコだシッコ!!
「ちゃんと支えてあげるから」
「手伝いなんぞいらん!!」
「助かるって言った」
「言ってない言ってない言い切ってないっっ!!」
「もう・・・・・・兄さんったら」
 んなっっ!?
 そんなまるで駄々っ子の俺に呆れたみたいな口ぶりなんてされるいわれはないだろ?ないはずだろ!?
「僕の望みは、何でも叶えてくれるんでしょう?」
「それとコレとは話が別っっ!!」
「別じゃない」
 別だったら別っっ!!!
「お前がそんな変態チックな望み持ってるなんて思うわけないだろっっっ!!」
「いいじゃんケチっっ!!」
「ケチで結構!!」
「1匹のミミズに一緒にシッコかけて共にチ〇コを腫らした仲だろ兄さんっ!」
「なんだそりゃー!ガキの頃の話じゃねーかよっっっ!!!!!!!!!」



 ドンドンドン!!
 ドカッ!!!
 ドンっっ!!!!!!



 一際大きな声を張り上げた途端、上下左右から壁やら天井、床を盛大に叩かれ飛び上がる。
 バクバクいっている心臓を宥めようとした途端、追い討ちのようにドアが鳴る。
『おっお客様!!他のお客様たちからクレームがっっ!お静かに願いますっっ!!!!』
「すっすすすすいませんっっっ!!」
 焦りまくりでドアの外に向かって謝りを入れる。
 あぁもう、勘弁してくれよぉっ!
「やれやれ、兄さんが聞き分け悪いから」

 んなっっ!?

 んだとこらアルっっ!元はと言えばお前がアホなこと抜かすからじゃねーかっっ!!!
 ギリギリと歯を剥きながら声を潜めたところでアルはまるでひるみもしない。


 そんな攻防を繰り返す間にも、じわじわと近づく限界。



 く・・・・・・・・・くぅぅっ。
 隙を突いて・・・・・・・・・・・・・ってくそぅ、流石は俺の弟、一分の隙もねぇ。
 でも・・・・・・行くしか・・・・・・・・・・・・・っっ。

「顔色が悪いよ兄さん。そろそろ我慢できなくなってきたんじゃないの?」
 ふふふ、とほくそ笑む最愛の弟が、このときばかりは小憎らしい。

 甘い余韻に浸っていた、さっきまでの俺の幸せ気分をどうしてくれやがるんだ弟よ。

「そこで漏らしちゃう?僕はそれでもかまわないんだけど」
 恥らってる兄さんが見たいだけだから、と、どこまでもこいつは余裕で楽しそうだ。
「お兄ちゃんはお前をそんな変態に育てた覚えはありませんっっ」
「何を今更。兄弟で乳繰り合っちゃってるあたりでもうアウトでしょう?一線超えちゃえばもう一緒だって」
 手をひらひらと振って笑う。その隙を突いて俺はすばやく横に飛ぶ。
 アルのリーチで届かない位置へ。そこから先は、トイレのドアへ向けて一直線だ!!


 ビュッと、風を切る短く鋭い音。
 姿勢を低くして飛び退る、着地した左足をそのまま軸にして踏み込み、ドアを目指す。


「甘いね、兄さんの動きはすべてお見通しだよ」
 こんな大きな鎧姿でと、知っていても驚くほど敏捷に伸びやかに、その蒼い腕に捕獲される。
「くっそ―――――っっ」
「はいはい。いい加減観念して、さっさとスッキリしようね、兄さん♥」
「アルのばか変態―――――っっ!」
「はいはいはいはい」
「俺はそんな一線超えたくね―――――っ」
「あぁもう、あんまりうるさくするとまた苦情が来るよ」
「放せ――――――っっっ」
 じたばた足掻いても、がっちりとホールドされていて抜け出せない。
「・・・・・・・・・兄さん、言っとくけど僕は諦めないよ。ここで放してあげてもいいけど、軍のトイレでやりたい?これ?」
 そそそそそそそれはっっ!
 なんつー鬼畜な脅しをするんだコイビトよ!!
「うぅぅぅ、アルが優しくない・・・・・・・・・」
 何言ってるの、こんなに愛してるのにと俺を抱えぶら下げて、アルがトイレの扉を開ける。
「あ、パンツ邪魔」
 するっ、ぽいっ。
「鬼――悪魔――――」


 便器の前に下ろされ、アルはまるで後ろから覆いかぶさるように、立ちつくす俺を抱える。やんわりと、俺のそれに手を添える。
「さ、兄さん、ちーって♪」
「出るか馬鹿」
「もうホント往生際が悪いよね。こんなに膀胱パンパンにして」
 ほら、と、アルの左手が下腹をゆっくりと圧迫してゆく。
「や・・・・・・やめ・・・っ・・・・・・・・・・・・・・・・・あ・・・・・・・・・」





******   しばらくお待ち下さい   ******





 えぐえぐえぐ。
「はいはい、いつまでも拗ねない拗ねない」
 アルの指が俺の髪を撫でる。
 俺はベッドに突っ伏して傷心に噎び泣いている。
「鬼―悪魔――、爛れきったエロ鎧―――っ」
 えぐえぐえぐえぐ。
「あんな可愛い兄さんが見られたんだ。なんて罵られても平気さ♪」
 えぐえぐえぐえぐえぐ。
「シッコ出てる最中に後ろに指突っ込むなんてあんまりだーーー」
 えぐえぐえぐえぐえぐえぐえぐえぐ。
「真っ赤になってうろたえて縋る兄さん、可愛かったなぁ♥」
 ほぅっと、まるで溜息。うっとりとしているようなアルの声音。
「馬鹿―、お前なんか」
「・・・・・・・・・嫌いになっちゃった?」
 んぐっっっ。


 嫌いになんかなれるわけねーじゃねーかーーーーっ。
 嫌いになれねぇから泣いてんじゃねぇかぁぁっ。


「ね、機嫌直して?可愛い兄さん」
 低く抑えた甘い声が、俺の耳に媚薬みたいに。
「愛してるよ」
 優しい動作で腰骨を撫でてゆく指先。条件反射みたいに痺れて、俺はコイツに逆らえなくなる。





「今度はいっぱい優しくしてあげるよ。兄さんがして欲しいってことだけ、してあげる」





 色っぽい声が俺を融かして・・・・・・・・・。



 なし崩しに、俺たちの夜が、更けてゆく。








END