『 飢える(katu-e-ru) 』
(俺のカラダは弟の魂を欲情させることが出来るだろうか?)
机の上で組んだ長い指、汽車の窓枠にさりげなく置いた腕、堂々とした立ち姿。それらを見るにつけ、まるで同年代の少女たちのように胸を高鳴らせた。
血の繋がった実弟の、仮初めの肉体である鋼の鎧。その巨躯に身体を開かれる夢を見るたび、エドワードはいとも簡単に発情した。
抱かれたいのだ、血を分けた弟に。身の内深く招き入れて犯されたいのだ、アルフォンスに、女みたいに。青灰色に鈍く輝く大柄な鎧に犯されるその光景がいかに異様なものであるか、思いはしても、彼にはどうでもいいことだ。
たとえ生身の肉体でなくとも、弟の魂が棲んでいるならばそれはエドワードにとって恋情と官能を呼び起こす、愛しい鉄のかたまり。無機物などでは、決してないのだから。
先刻、図書館で低く耳打ちした弟の声はとうに、エドワードの身体を酩酊させている。
頭上から細く幾筋もふりそそぐ湯に打たれながら彼はまた甘い白昼夢をみる。
背中を這い上がるぞわりとした痺れを、わが身を抱きしめてやり過ごす。
扉の向こうに、弟が、アルフォンスがいる。
先ほど自分に見入るそぶりを見せた弟は、その熱を持続させているだろうか。温度のない、魂の熱を・・・・・・。
誘惑するなら今だ。
この汚らわしい欲望を曝け出すなら、今だ。
昨日から泊まっている宿は近頃のこの街の治安悪化を配慮した軍が手配してくれていたものだ。歴史ある街に似合いの重厚で風格のある建物は日頃彼らが泊まっている安宿と違い、窓からの隙間風もなければ隣室の話し声も聞こえてはこない。
心地よく暖められた室内は風呂上りの薄着でも肌寒さを感じさせず、北部に位置するということすら忘れてしまいそうなほどだった。
「兄さん、ちゃんと温まった?」
真っ白なタイル張りの浴室を出るとアルフォンスに声を掛けられた。その手には柔らかそうなタオルが握られている。
「ああ」
「髪、やっぱりちゃんと拭いてない。おいで、兄さん。乾かしてあげるよ」
アルフォンスは時々こうしてやたらと兄であるエドワードを甘やかす。ことさら、長く伸ばした金の髪に触れたがる。
両手を広げて招かれて、エドワードはふわふわと弟が腰掛けている寝台へと近づいた。
触れられたがる身体が火照る、甘い期待をしてしまう。そんな声で呼ばれたら・・・・・・。
膝の間までやってくると、アルフォンスは向かい合ったままフワリと兄の頭にタオルを掛けた。丁寧に優しく、水分を拭い去ってゆく。
その指がときおり、タオルから外れて額を首筋をなでてゆく。その皮革の感触が、エドワードの官能の熾き火をふたたび呼び覚ます。
「兄さん、すごくエッチな顔してる」
指摘を受けて、羞恥がエドワードの首筋を朱に染める。
はずかしい。見られるのがはずかしい。
恥ずかしくて逃げ出したいきもちと同じだけ、見られたいという欲望が心の底で暴れている。淫らな自分を余すところなく曝け出してしまいたいと。
そうしたら、欲情してくれるだろうか。
アルフォンスの魂を欲情させることが出来るだろうか。
自分と同じところへ堕ちてきてくれるだろうか。
自分だけのものに、してしまうことができるだろうか。
期待に濡れたまなざしでエドワードは弟を見つめた。
「アル・・・・・・」
アルフォンスの指が、エドワードの首筋に張り付いた一筋の髪を梳く。愛撫にも似たその動きに、熱い息が、漏れた。
「どうしたいの、兄さん?僕に・・・・・・どうして欲しいの?」
試すような、唆すようなひくい囁きに耳孔から犯されている錯覚に陥る。腰が痺れ、身体の中心に熱が集まる。
欲情している。アルフォンスの些細な指の動きに、囁きに、あっけなく欲情している。
「アルに・・・・・・・・・さわって欲しい。俺のこと、ぜんぶ・・・・・・」
「どうして?・・・・・・僕には生身の肉体はないんだよ?」
責める風でもない穏やかな口調は静かにエドワードの胸を凍りつかせる。
でも・・・・・・。
「でも、アルはアルだ・・・・・・・。お前がどんな姿でも、たとえ何であっても、お前は俺の大切なアルフォンスだ・・・・・・・・・・・・そうだろう?」
辛そうに眉をしかめて、けれどゆっくりと丁寧に、エドワードは言葉を綴る。
そもそも、心構えはできていた言葉だ。そして、その後に続く言葉も・・・・・・。
「兄弟で、男同士だよ、兄さん?それでも・・・・・・僕がいいの?」
「アルじゃなきゃ、ダメだ、アルじゃなきゃ・・・・・・。アルにしか、こんなふうに、ならな、い・・・・・・」
「どんな風になっているの?・・・・・・服脱いで、見せて・・・・・・・ねぇ、兄さん」
見られることへの羞恥と悦びに唇をわななかせながら、一枚ずつ、エドワードが着衣を取り去ってゆく。下衣をずらすと未発達な性器がぷるりと震えながら顔を覗かせた。
中途半端に勃ちあがっていたそれは、アルフォンスの視線に曝されて切なげに角度をまた、上げる。
「まだ、触ってもないのに、どうしてそんなになっているの?」
目の前に全裸のエドワードを立たせたまま、ふっくらとした頬を撫でてアルフォンスが問いかける。
「・・・・・・アル、が・・・見るか、ら」
「僕が見るとこうなっちゃうの?兄さん、いやらしいね。いやらしくて、可愛い」
指先が、咽喉元を鎖骨をなぞる。あきらかな愛撫の動きで。
「アル・・・・・・っ」
身体と、心が、歓喜にふるえる。
うっとりと緩んだ唇に、皮革の指先が触れる。エドワードはそこに一度軽く口付け、ちゅくちゅくと吸うようにして口腔に含んだ。
アルフォンスの指が兄の歯列をなぞる、口蓋をまさぐり舌の裏を撫で上げる。ゆっくりとした動きで兄の口腔を犯す。
「ん・・・・・・ふっ・・・・・・・・・・ぁ」
恍惚とした表情でエドワードがその指に舌を絡ませる。飲み込めない唾液が水音を立て、溢れて口元を伝った。
「兄さん・・・・・・可愛い」
指を含ませながら、アルフォンスが空いた掌でエドワードの肌を撫でる。ザラリとしたその感触に焦がれていた肌がざわめいて蕩ける。
ずっと、この掌が欲しかった。アルフォンスの魂の宿るこの大きな手で、この身を余すところなく開いて欲しかった。
「ぁ・・・・ぅ、ん・・・・・・っ」
やっと触れてもらえる悦びは快感を増幅させ、がくがくと膝をふるわせるとエドワードは弟の指を口に含んだままその場に崩れた。
アルフォンスは口腔から抜き出した指を兄の頬になすりつけ、それから脇に両のてのひらを差し込んで抱え上げる。くったりと力の抜けた身体を寝台に横たわらせると、その形を確かめるように、全身に掌を這わせた。
「・・・・・ア・・・ルっう・・・・・・ん、あぁ・・・・・・」
細い声で啼き切なく身を捩る、憧れつづけていた兄の姿が感動的でアルフォンスの中に新たな欲が芽生える。
独占欲ならずっと抱いていた。誰よりも近くに在りたいとは、思っていた。
けれど、この感情はそんな生易しいものじゃない。
『性欲』そして『征服欲』
自分の手管で目の前の身体を喘がせて快感におぼれさせてしまいたい。その肌に喰らいつきその身体の深くを穿ち、甘い声で啼かせて善がり狂わせたい。
それはオスの衝動。オスとしての酷く当たり前な情動。
心を突き動かす欲望の傍らで、アルフォンスの魂は自分の中に『性欲』が存在することを驚きと共に感じていた。
『肉体』を失い『食欲』を失い眠りも呼吸ですらも必要としない空の鎧で。
兄が眠った夜更けに一人、『人間』としての定義を外れてしまった自分に想いを馳せることもあった。自分はもう『人間』ではないのではないかと惑った夜もあった。必ず元の身体に戻すからと、何度も何度も繰り返し、自分に言い聞かせ手を引いてくれたこの兄、エドワードが居なかったら自分はとうに発狂していたかもしれない。
(ああ、僕はちゃんと生きて居るじゃないか)
14歳の、思春期を迎えた若いオスとして至極当然な、性への目覚め。それはすなわち種の保存への欲求、生存本能。尤も、その対象が同性の実の兄では『種の保存』から外れていることは否めないけれども。
(何時だって、兄さんが僕を『人間』であり続けさせてくれる)
―――――不敵で不遜で喧嘩っ早くて強くて、誰よりもきれいで。
そのエドワードがこんなに無防備に自分を求めて身体を開いて。技巧も無くただ、本能と欲求に呼ばれるままに触れているだけの自分の手に指に悦び、この名を呼び他の誰でもなくただ、自分を求めてすべてを委ねて。
それはなんという快感だろう。
独占したいと願ったその人が自分を求めてくれる。自分に見つめられることが、この手に触れられることが快感だと嘘や演技のできない身体で見せつけ教えてくれている。
魂が快感に震える。
愛情と欲望と感動と切なさが渦巻いてそれらすべてがエドワードに向いている。
もっと気持ち良くしてあげたい。もっと喘がせ悶えさせたい。
「ぁ、ア・・・・・・ルっ・・・・・・・・ぅん」
「ね・・・気持ちいい?気持ち、いいんだよね、ここ、すごいよ、兄さん?」
アルフォンスが上から覗きこんだエドワードの男性器は体積を増やし、すっかり天を仰いで屹立している。
それを指先でなぞり上げると、先端の小さな割れ目から先走りの水がくぷりと湧き出てきた。
魂が、興奮する。
透明な真珠のように露を結んだそれが、目の前で、揺らぎながら膨れ上がり、終には球面を保ちきれずに弾けて零れる。
傷つけないようにそっと掌に包み込み、薄紙を一枚はさむようにそっと、上下に擦るとそれは次から次へと溢れだし伝い落ちる。エドワードの性器と、アルフォンスの手をとろとろと濡らしながら。
「い・・・・・・、きもち・・・い・・・・・・っ。アル・・・っ」
ふっくらとした頬を上気させ、唾液に濡れて光る唇をわななかせながらエドワードが両手を差し出す。生身の左腕と機械鎧の右腕で、全身が鋼鉄の鎧のアルフォンスを愛しい者を抱きしめたいのだと。
エドワードをつぶさないように気をつけながらアルフォンスが上体を傾げると、二本の腕がなまめかしく鎧の肌を這い回った。
「どうしたらいい?僕にどうして欲しい?・・・・・ねぇ、兄さん」
エドワードはとろりと揺れる金の瞳をアルフォンスに向けると自身を握るなめし革の指を丁寧に外し、奥へと導いた。
「兄さん・・・・・・ここ?」
陰嚢のさらに奥、エドワードが示したそこは伝い落ちてきていた雫によってすでに潤い、先刻くちびるがしたのと同じようにアルフォンスの指先にちゅくちゅくとキスしていた。
「俺・・・・・・女じゃな・・・ぃか、ら、ここしか・・・・・・ないけど。・・・・・・アル、お前、と・・・・・・・繋がりたい。ひとつになりた、い。アルが・・・・・・欲しい、よ」
今、自分に生身の身体があったらきっと、泣き笑いの顔をしていたに違いないとアルフォンスは想う。ずっと憧れていた強くて綺麗な兄が、鎧の身体しか持たない自分をこんなふうに愛し、望んでくれる。
愛しい。こんなにも愛しい。もっと気持ち良くして、満足させてあげたい。
(兄さんは魂しかない僕に、こんなに快感をくれる)
「僕も、兄さんが欲しいよ。・・・・・・・力抜いて、痛かったら教えて」
その間にも流れ落ちてきていた滑りを指に絡めると、アルフォンスはその、ひくひくと息づく小さな孔をそっと、そっと解しはじめた。
「ひゃ・・・・ん。あ、アル・・・・・・っ」
時間を掛けて揉み解したそこにほんの少し指先を食い込ませると、閉じていた襞が招くように口を開ける。もうそろそろ、大丈夫かもしれない。
「兄さん、いい?・・・・・・はいるよ」
ゆっくりと、ゆっくりと中指を差し入れる。エドワードの顔に一瞬だけ緊張が走ったが、すぐに甘いため息が漏れる。その表情は幸せそうにも見えて、アルフォンスの魂を震わせた。
(欲しい・・・・・・・・・・)
ゆるゆると抜き差しを始める。エドワードの性器はもう、腹を打ちそうなくらいに反り返り臍の辺りに水溜りを作っている。
「痛くない?・・・・・・気持ちいい?」
「・・・・い・・・・・ぃ。イイ、よ、アル・・・・・・」
快感に身をくねらせ揺れていたエドワードの腰が、突然、跳ねた。
「兄さん、痛かった!?」
「ちが・・・・・っ」
エドワードが首を振る。ベッドに広がった金の髪が光って波打つ。
「気持ち、良かったの?・・・・・・ここが、イイの?」
先ほど触れたところを意識して指先で撫でる。慌てたように、エドワードが腕を抑えた。
「ダメ・・・だ。ぅ、動かす・・・・・・なっ」
「良く、なかった?」
「違う・・・・・・気持ちいい。いい、か・・・らっ・・・・・・まだ・・・・・・んっ」
息を呑んで、こらえるような顔をして。
「・・・まだ、終わりたく、な・・・い」
愛しさと欲望と感動と切なさが、アルフォンスの魂を突きあげる。
男として、こんなふうに求められて。こんなふうに愛されて。
(欲しいよ・・・・・・)
愛しいと、思わずにいられるわけが、ないだろう?
「大丈夫だから・・・。何回でもいかせてあげるから・・・・・・」
指を飲み込ませた中と、限界まで張り詰めた性器を撫で擦る。
首を振って、シーツを握り締めていた手を離すと、エドワードはアルフォンスに手を伸ばす。
「あ、アルっ!・・・・い、くっ・・・・・・いっちゃ・・・・っ」
「いいよ、イッて、兄さん」
(欲しい・・・・・・欲しいよ・・・・・・・・・)
「ん・・・・・・っア、ル・・・っ。す・・・・・・・きっ」
しなやかな背が大きくのけぞり、エドワードが絶頂を迎えた。その顔が綺麗で、切なくて、アルフォンスの心の中に抑えきれない情動が生まれる。
快感の余韻で痙攣する身体にすがり、アルフォンスが震えるような声を出した。
「兄さん・・・・・・欲しいよ。あんなこと言ったけど、やっぱり生身の身体が欲しいよ」
「うん・・・・・」
「・・・・・・兄さんにキスしたい。力いっぱい抱きしめたい。兄さんの肌の感触とか体温が感じられる、生身の身体が、やっぱり欲しいよ」
「うん」
「もっともっと、兄さんが、欲しいよ」
「うん、ぜったい・・・・・・絶対に、取り戻すから。俺がぜったいお前を元に戻してやるから、だから・・・・・・・」
「兄さん・・・・・・にいさん・・・・・・」
脱力しきった身体を無理やりベッドから引き剥がすと、エドワードはアルフォンスの首に腕を回す。鎧の面にキスの雨を降らせる。
「だから、ずっと、俺から離れるな・・・・・・アルフォンス」
絶対に・・・・・・・・・離れるな。
END