『 べりべりHappy Halloween♪ 』
廊下の先からかすかに足音が聞こえたので、読んでいた本を閉じてドアに向かった。
ここセントラルでもとりわけお堅いので有名な、古めかしいホテル。
そりゃそうだ。
地方司令部の士官クラスが中央出向の折などに宿泊する、軍関係の施設でもあるわけだから。
その、硬い床板にドスドスと靴音を響かせながら近づいてくるのが誰かなんてのは考えるまでもない。
聞きなれた、その左右で僅かに違う足音。片方だけ重く硬質な、機械鎧の。
この足音なら今はきっと機嫌が悪い・・・・・・・のとはちょっと違うか。
だけど、多分膨れっ面。
マスタング大佐の周りの面々に、かなりイジられたに違いない。何しろ自分たちの上官である大佐でさえもオモチャにする人達だ。
少佐相当の地位を持つ、国家錬金術師の兄さんだって例外なくというよりはもっとあからさまにホント解りやすい位お子様扱い。
でも、僕たちには、僕たちをきちんと子ども扱いしてくれる人たちが必要なんだと思う。
元の身体を取り戻すための旅を続けてさまざまな修羅場を潜り抜けて、戦いに次ぐ戦い、そんな毎日を繰り返して日々は荒んで出会いと別れを悲しみをいくつも重ねて。
だから。
大人たちに囲まれて子供扱いをされてこの重い荷物を時々は降ろして。
その肩から、重い荷物おろして深く息をついてよ兄さん。
そして僕らは大人たちに囲まれて子供の顔で笑おう。あの頃みたいに無邪気に。
母さんが生きていたあの頃みたいに。その幸せが、ただもう当たり前にそこにあって、それがずっとずっと続くのだと何の疑問もなく、ウィンリィと3人転げまわって笑っていたあの頃みたいに。
足音が部屋の前で止まるのと同時に、僕はそのドアを開いた。きっと唇を尖らせ顔を赤くして、頬を膨らませているであろう兄さんを迎え入れるために。
内側に向けて開いた扉。見慣れたひよこ色の頭のかわりに目に飛び込んできたのは濃紺の円。
黄色い星柄がちりばめられた、やたらとつばの広い魔女が被るみたいな帽子。
・・・・・・・・・ああ、そうか。今日は・・・・・・・・・・・・・。
帽子の、尖って折れ曲がった先端をつまんで持ち上げる。
上目で見上げてくる兄さんは、想像通りの膨れっ面。顔を真っ赤にして唇を尖らせて。
コートにもズボンにも・・・・・・ありったけのポケットにお菓子がねじ込まれ、手に持っている紙袋にも入りきれないほどのビスケットにキャンディー、ドーナッツ。
「おかえり、兄さん。ハロウィンを満喫してきたみたいだね?」
まぁ尤も、兄さんが自分であのセリフを言うとは考えにくいから、やっぱり軍のあのメンバーに寄って集って子ども扱いされてのこの有様なんだろうけど。
「・・・・・・・・・ただいま」
いまだ膨れる兄さんを室内に収めるべく促した背中、いつもの赤いコートのフードから覗くオレンジ色の物体、茶色がかった緑のヘタ。
そっと取り出してみれば案の定、この時期なじみの『ジャック・オ・ランタン』しかもなんとまぁ、器用なことに僕のこの鎧の顔に似せてある。
「あはっ!上手く出来てるじゃない。ねえ兄さん・・・・・・・・・似てる?」
兄さんの目線に合わせて腰を屈め、顔の横にかぼちゃを並べてみせる。
それに兄さんが、むぅとますます眉根を寄せる。複雑そうな、顔をする。
「お前までガキ扱いすんのかよ」
完全に拗ねてしまったような顔。
ますます膨れた頬を指先でつついたら、ぷ、と空気が漏れる。
「いいじゃない、子供で」
「・・・・・・・・・オレは、早く大人になりてぇし」
硬い声で表情で、一日でも早く生身の肉体を取り戻したいのだと。
それは、解っているし僕だって同じ気持ちだよ。
でもね、兄さん。
僕らはこんなことになってしまったけど、こんな身体になってしまったけど、まだ本当は子供で。
普通なら、まだ大人たちに守られているようなそんな、たった15歳と14歳の子供で。
急ぎ足で二人、ここまで来てしまったけれども。
だからこそ、僕らを気にかけてくれる人たちがいるのだと解る。
拡げた手のひらに‘与えて’もらえる、当たり前の子供の時間が僕たちにも平等にあるのだと、それを僕らに教えようとして。
だって、僕らが80歳まで生きるとしたら。
20歳からが大人なのだと定義づけるなら。
子供でいられる時間はほんの4分の1でしかないから。
その短く限られた時間を味わうことが出来るのは今しかないから。
この鎧の大きな身体は、僕らを知らない人には大人にしか見えない。
大人としての、分別のある行動を常に求められ、そのように相手も接してくる。それは、仕方のないことだし当たり前のことなのだし正しいことなのだけれども。
でも、だからこそ。
子供でいられる時間が、とてもとても大切で、貴重な宝物みたいに。
そんな大切な時をもっと兄さんにも味わって欲しくて。
だって大切だから。とてもとても、兄さんが大切だから、笑って、欲しくて。
だから。
「Trick or Treat」
兄さんに向けて差し出した両の手のひら。
きょとんとした顔で僕の手を見つめ、そして顔を見上げる。
「お菓子ちょうだい?兄さん」
神様を信じていない僕らだし、そもそも遠い外国の宗教のお祭りだけど、便乗してワクワクしたっていいと思う。
小さな子供の頃みたいに甘えた声で兄さんにお菓子をねだる。
「お菓子くれなきゃいたずらしちゃうよ」
おどけて小首を傾げて見せると、兄さんが泣き笑いみたいな顔で噴出して。
「おう」
そう、短く答えて何かをかみしめるみたいに笑って。
この大きな両手いっぱいにお菓子をのせる。
それはまるで、幸せの象徴みたいに見えた。
懐かしい思い出、おやつの時間を楽しみに走って家に帰ったあの頃が、この手の上に見える気がした。
ベッドの上にお菓子を広げ、腰を下ろして笑い合って、兄さんの口にビスケットを放り込む。
「扉の向こうのボクの身体も美味しいとか解るのかな」
「どうだろーな・・・・・・。でも、オレが旨いって思えばそれも通じてんじゃねぇ?」
「繋がり合ってるもんねー、ボク達。だから兄さん、牛乳も飲め」
「うへぇ、またそれかよ」
げんなりした顔を見せて、またすぐに兄さんが笑う。
「一日でも早くもとの身体に戻って、アルも自分の栄養は自分で摂れるようになってだな。そうすれば牛乳を飲めなんて言われずに済む」
「そういう問題じゃないでしょ」
「そんなことよか、そっちのチョコレートも食わせろ」
「はいはい」
指差されたチョコレートをひとつつまんで兄さんの口に入れる。
満足した猫みたいに目を細めて、口を閉じる瞬間そっとボクの指先にキスをする。
Happy Halloween
必ず生身の身体を取り戻して、来年のこの日はお互いにお菓子を食べさせっこしよう。
だからこれが、この鎧姿で過ごす最後のハロウィン。
ようやく機嫌をなおした兄さんと、あとはただ楽しいばかりの夜を過ごそう。
END