『 薔薇色Tomorrow 』
「兄さん・・・・・・・・・何もそんな無理して食べなくても」
テーブルいっぱいに並べられた料理をもうほとんど無理やりのように口に押し込みながら、ふるふると首を振る。
「ほら、涙目になってるって」
「ん〜〜〜〜〜」
口いっぱいに頬張っているので、返事の声は発せない。さっきと同様、首を振るだけ。
ああもう、相変わらず頑固なんだからこの人は。
もの言いたげな潤んだ瞳でボクを見上げながらモグモグと咀嚼し飲み下しタンブラーから水を干して、兄さんはやっと口を開いた。
「だって、お前の分もしっかり食べねぇと」
がりがりに痩せこけて骨と皮ばっかりだったと、硬くてかすかに震える声で兄さんが言う。
自分が栄養をたっぷりとって、扉の向こうのボクの肉体にどんどん回してやらないと、と。とにかく真剣な面持ちで。
愛しいな、と思う。
とてもとても愛しいな、と。
もし、今ボクが生身の身体だったらきっと、だらしないくらい頬を緩めてデレデレしていることだろう。みっともないけど仕方ない。
だって、好きな人がボクのことをこんなにも大切に思ってくれているんだから。
「でも、おなか壊したら元も子もなくなっちゃうよ、兄さん?」
「う・・・・・・・・・」
「兄さんがお腹壊して苦しんでる姿なんて見たくないよ。そんなのボクだって悲しいよ?」
「うぅぅ・・・・・・・・・」
眉根を寄せての上目遣い。そんな可愛い顔してもダメ。気持ちだけもらっておくから、無茶食いは本当にやめておいてね。
「お腹いっぱいになったんなら、そろそろホテルに戻ろうか?」
「・・・・・・・・お、おう」
頷いた目許が、ほんのりと赤い。
何を考えたのか、すぐに分かるよ。
可愛い。とてもとても可愛い。キツめの顔立ちとのギャップが堪らなくかわいくて、ボクはいつだって兄さんから目が離せない。
この人を・・・・・・・・・失わずにすんで、本当に、良かった。
本当に本当に良かった。
良かった。
誰にも内緒の行為の後でほてった肌に気持ち良いのか、薄く綺麗に筋肉ののった裸体をボクのこの鎧の肌に寄せ、スウスウと寝息を立てる兄さんの髪を撫で梳いてみる。
扉の向こうから生身の肉体を取り戻したら、真っ先にこの長い髪に触れてみたいな。
どんな手触りなんだろう。つやつやのこの金の髪はさらさらとしているのかな、潤いを蓄えてしっとりとしているのかな。
どんな感触なんだろう?その肌は、くちびるは。
不自由はないけど、音と光しかないこの世界は時に酷く孤独で。
ああ、早く・・・・・・・・・血のかよう肉体を取り戻して。
すべての感覚を取り戻して。
兄さん、あなたを感じたいよ。
早く、生身の肉体をとりもどして、兄さん、あなたと体温を分け合って朝までぐっすりと眠るんだ。
扉の向こうでボクを待つ、ボクの生身の肉体を兄さんの手と足を。
取り戻して抱きしめあって確かめ合って、笑おう。
「じゃあ、兄さん。ボクは昨日見つけた本屋に寄ってからホテルに戻ってるよ」
昨日までとはまるで違うものに映る中央司令部の荘厳な門の前で、中尉や大佐の様子を見てから帰ると言った兄さんに声をかける。
‘人柱候補’である大佐というそれなりに安全な盾から離され、人質にとられているも同然の中尉のことはボクももちろん心配で、だからこそ司令部内を自由に歩ける兄さんに任せるのが一番だろう。大佐は動きを封じられているのだから。
そしてボクは外で情報収集だ。
傷の男とあの女の子が何故あの時錬金術を使えたのか、僕らの使う術と何が違うのかを調べるために。今のままの僕らでは、悔しいけど、人造人間たちにはまるで歯が立たないから。
そして、元の身体を取り戻すための方法を。
賢者の石を使う以外に、何か。
ボクらの知らない東の国の錬金術には、何かヒントがあるかもしれない。
腕に彫られた、ボクらの術とはどこか違う練成陣。
錬金術を忌み嫌いながらも使う、傷の男の真意もわからない。
けど。
女の子のほうはともかく、傷の男が素直に教えてくれるとは思えないよなあ。
ちょっと途方にくれそうになるけどここで諦めるわけにはいかない。ほんのわずかなヒントだって欲しいから。
扉の向こうに、確かにボクの肉体があると解ったからもう手探りじゃない。
諦めるわけには、いかない。
諦めない。
絶対に。
取り戻すべき肉体が間違いなく存在するとわかった今なら、光が見えてきた今なら、情報収集にも熱が入る。張り合いも違う。
背の高いアパートメントの立ち並ぶ隙間、こんなところにと驚くような裏通りにたまたま見つけたあやしげな古書店。その建てつけの悪い扉を軋ませて、ボクは店内へと入った。
錬金術書を見つけ出すには、片っ端から手にとって頁をめくってみなければいけない。しかも勘に頼るところも大きい。なにしろ、『錬金術書で御座い』とそのまま書かれたものなどないから。
まぁ、余程初心者向けのものならともかくとして。
燃やしてしまったあの家には、父さんが集めたのだろう錬金術所が山ほどあった。
一見何の脈絡もジャンル分けもされていないように見えたあれらを何度も何度も読み返して、そのあたりの勘は結構働くようになったのだと思う。
時々、焼いてしまった宝の山を惜しく思うのは兄さんには内緒ってことで。
そんなことを考えながら、古ぼけた本を一冊ずつ丁寧に手早く目を通してゆく。
賢者の石とはあまり関係なさそうだけど、錬金術所を1冊見つけた。そして徐々に奥へと移動してゆく。
店の一番奥まった、なにやら人を寄せ付けない雰囲気を放つ本棚に差し掛かる。
その更に端に隠すように置かれた本に目が留まる。
『男とオトコのHow to ●●●』
こ・・・・・・・・・・・・・・・・コレって・・・・・・・・・・コレってっっ!!!!
今はこんな身体だけどいつかきっと!
兄さんに触れるとき、いつだってそれを考えていた。
今はこの鎧の身体で物理的な皮膚感覚的な快感なんて分からないけど。
でもきっといつか!
夢は見続けていても具体的に何をどーすりゃいいのか、知らなかった知りたかった誰に聞くことも出来なかった。
それが・・・・・・こんなところにバイブルが・・・・・・・っっ!!!!
か・・・・・買わな・・・・・・・・・・・えぇぇとで、でも・・・・・・・・・・・・・・。
カロンコロンと、入り口でベルが鳴る。
店の親父のいらっしゃいという声。
ボクがいるのとは離れた書架へと向かう足音を聞き、もう、迷っている暇なんかなくて大急ぎでその本と他に数冊抱えてカウンターに積みあげた。
本の入った包みを抱え足早にホテルへと戻り、フロントで鍵を受け取る。
兄さんはまだ戻っては居ない。ちょっと、ほっとする。
そりゃあ兄さんにも勿論関係のあることなんだけど、こんな本を買ってきただなんて、何でかとは思うけどやっぱり気恥ずかしい。
それに、リードする側としては知識は仕入れて余裕を見せたい。
待っててくれ兄さん。
グッと拳を握り決意を新たにしてから表紙を開く、薔薇色の明日のためのバイブル。
記述のすべてを想像の中ですべて兄さんに変換する。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・こ、これは・・・・・・・・・ここここんなこと兄さんにしちゃったり・・・とか
・・・・・・・・・・・・・ま、前準備とか後処理とか・・・・・・・・・ってっっ・・・・・・・・・・・・めめめめちゃくちゃエロいんですけどっっっ!?あぁぁぁぁ兄さんの●●●にボクの滾った×××を▲▲▲して理性なくすほどよがり狂った兄さんのさくらんぼみたいな唇からこぼれる甘い吐息とエッチなおねだりっっっっ!!!!
くはーーーーーーーーーーーーっっっ!!
妄想が炸裂する。
眠りの中での『夢』が遠い存在となってもうじき6年、空想や希望がボクにとっての『夢』で。
その分、空想力は鍛えられている。
もはやコレは『妄想』・・・・・・・・・?
いや、夢だ。夢だとも!!!
ボクの薔薇色の希望以外の何物でもないさ、そうだろ兄さん!!!!!
待っててくれ兄さん、僕達が身体を取り戻して迎える記念すべき日を最高なものに必ずしてあげるよ!!一生記念に残るような、素敵な夜にしてあげるからねっっ!!!
『ああっアル・・・っだ・・・・・・・んなとこ・・・・・・しゃぶっちゃや・・・・・・・・・ぁあん、気持ちい・・・・っアルのお口の中きもちい・・・・・・・・・っ。だめ・・・・吸っちゃだめ・・・・・・・・っちゃう、でちゃ・・・・・・・・・・・っっあぁぁん』
兄さん・・・・・・なんて可愛いんだ兄さんっっ!!
あんなこともこんなことも何だってしてあげるよ!!!
いっぱい、いっぱい気持ちよくしてあげるからね!!
ああ、待ちきれないたまらない。
早く、早く生身の肉体を取り戻したい。
コンコン
突然割り込むノックの音。
想像(妄想)に耽っていたボクは吃驚して飛び上がりそうになる。
「はははははいっっ!!」
『アル、オレだけど。カギ開けてくれー』
ににに兄さんっ!
この本はちょっと見せられない手の内は明かせない。ボクは大急ぎで鎧の胸甲を空けて、本を放り込み、気持ちを落ち着かせてドアへと向かう。
「お帰り、兄さん」
「おう、ただいま、アル」
ボクを見上げてにっこりと微笑む。
その唇をキスで腫らしてエッチな言葉でおねだりさせて恥ずかしがらせて。
「兄さん・・・・・・生身の身体、絶対に取り戻そうね」
そう言うと、兄さんは一層優しく笑って。
「ああ、絶対にな」
二人で迎える薔薇色の未来のために。
ボクはたくさん勉強するから。
待っててくれ、兄さん!!!!!!!
END