『 静寂の夜に、鐘は鳴り響く 』









 なんどもなんども、後ろ髪を引かれるみたいにしながら青い瞳のルームメイトが教会へと出かけて行った後オレは、ストーブの前に置いた椅子に腰掛け、さして広くもない居間の真ん中に居座るソレを眺めた。



 オレの身長ほどもあるモミの木に色とりどりのオーナメント。



 鼻歌でも歌いだしそうに、楽しそうにソレを飾り付けていた先刻のあいつ・・・・・・アルフォンス・ハイデリヒの姿を思い出して苦笑する。

 楽しそうに、祭りの支度をする子供みたいに楽しそうに、キラキラ光る飾りや人形を模した生姜クッキーを枝にぶら下げて、笑っていた。
 ロケットのエンジンの図面を引くときみたいに、アクアマリンの瞳をキラキラと輝かせて。


 その青を見る度、ここにいるのはアルではないのだと、当たり前のことにいつも少し落胆してそれをいつも心の中でアルフォンスに申し訳なく思って、だけどその笑顔を見ていたくて離れることも出来ない。
「サイテーだな、オレ」
 自分のずるさに、呆れる。
 別人なのだとわかっているし、アルの代わりだなんて思ってはいない。


 面影は、無意識に重ねてしまうけれども。それは否定できないけれども。
 アルフォンスは、そうは思っていないようだけれども。






 やたら気合の入ったクリスマス・ツリーをソファに凭れて酒を煽りながら眺める。
 金の縁取りの入ったブルーのリボンを祈るような面持ちで結わえ付けていた、アルフォンスの横顔を思い出す。
 クリスマス・ミサに行こうと誘われたけど、オレはカミサマなんて信じていないし顔向けできないような事もしてきたし。
 お前にも話していないことなんて、いくらでもあるんだ、オレは。


 断っても何度も何度も誘ってくるアルフォンスに、いい加減しつこいと眉根を寄せた。
 デカイ図体で叱られた子犬みたいにうなだれる姿に、つい、口元が緩んだ。その短い金の髪をクシャリと撫でた。
 子ども扱いされて口を尖らしながらも、ちょっと嬉しそうなアルフォンスの髪をくしゃくしゃにかき混ぜて、オレも笑った。


 アルの代わりとしてではなく、ただ純粋に、弟のようだと思う。
 当たり前な兄弟としての、弟のようだと、ほほえましく思う。



 部屋を出るまで何度も何度も振り返るのに、オレは酒瓶を片手にぶら下げてからのグラスを持った手を振って行ってこいと送り出した。ドアの向こうからはグレイシアさんの、下宿の女主人の、まったく仕方ないわねぇと呆れながら笑う声が聞こえた。




 だけど、本当にオレには、お前の神様の誕生日を祝う資格なんて、ないからさ。




 アルフォンスの力作のツリーを見上げ、ストーブで暖を取りながら、空になったグラスにまた酒を注ぎ足す。
 足元が冷え込んできた。義肢の付け根が重苦しい痛みを訴え始める。
 雪が、降るのかもしれない。
 二人が帰り着くまで持ってくれればいいけれどと曇った窓ガラスを右手で拭い、重い鉛色の空を見上げた。










 それから数時間の後、肩をゆすられて、目を開けた。
 いつの間にか眠り込んでいたらしい。
「エドワードさん、そんなところで転寝してると風邪ひきますよ」
 呆れたような、困ったような顔をするアルフォンスの外套を着たままの肩やくすんだ色合いの金の髪は、粉砂糖を撒いたみたいになっている。
「ん・・・・・・お前だって、頭に雪積もらせてんじゃん。体弱いんだから気をつけろ」
 まだすっきりとしない頭。起き上がりついでにアルフォンスの頭や肩からその白いものを払い落とす。短い髪がしっとりと濡れている。
「脚、痛むんじゃないですか?毛布、持ってきますね」
「ああ、サンキュ。・・・・・・と、そうだ。ついでにタオルも持って来いよ」
「はい。ちょっと待っててくださいね」
 薄く微笑んで立ち上がる。
 雪の降るさむい外から帰ったばかりだというのに、こいつはオレのことばかり気にかける。


 オレは、その優しさに応えてやることは出来ないというのに。


「大丈夫ですか?」
 ソファに座ったままのオレの膝に、姿勢を低くしてアルフォンスが毛布を掛ける。その頭に、受け取ったタオルを被せて拭いてやる。
 顔を紅くして目を伏せて、アルフォンスはおとなしく髪を拭われている。
「あ、そうだ」
 頭にタオルを引っ掛けたまま、内ポケットを探る。取り出されたのはリボンのかかった小さな箱。
「これ、開けてください」
 言われるままにリボンを解く。箱の中には綺麗に磨かれた真鍮製の懐中時計。
「なんだ、これ?」
「クリスマスプレゼント。エドワードさんの時計、蓋が開かないし」
 何故だかすねたような顔で視線をそらして。
「プレゼント?今日誕生日なのは、お前んとこの神様だろ?」
「うちの神様の誕生日には、おすそ分けがあるんです。家族とか友達とか・・・・・・・・・大切な人にプレゼントをするんです」
 急にそんなこと言ったって何も用意してないぞというオレの、毛布越しの膝の上に頭を乗せて、アルフォンスがいいんだという。
「僕が勝手にやっていることだから。エドワードさんが受け取ってくれれば、それでいいんだ」
「お前・・・・・・」

 小さく溜息をついて、まだ少し水気の残る髪を梳く。

「来年は・・・・・・・来年こそは」
 星の先まで飛べるロケットを作るから、とアルフォンスが呟く。左手でオレはその髪を撫でる。
「だから、あなたが帰るときも、それを持っていって」
 毛布に顔を埋めてくぐもった声で、忘れないで、と。





 窓の外で鐘が鳴り響く。にぎやかしく町が華やぐ。
 賛美歌を歌う子供たちの歌声が近づいてくる。




 けれどこの部屋は静まり返り、真鍮の時計がただ正確に時を刻む音だけが、響いた。










END