『 光なくして 』








 最後の晩、ただ一度、想い出が欲しいとねだる僕に、あなたは静かに首を振った。
『お前のその気持ちは、恋ではないよ。お前は俺に恋なんかしていないよ』
 まっすぐに僕の目を見て、静かな声で諭すように言い聞かせるように。
 まっすぐに僕の目を。悲しくて優しい瞳で。
『お前は、間違えたらいけない』
 深い声で、静かな声で。



 あなたの膝に縋って、みっともなく声を震わせる。
 愛しているのに、本当は帰したくなんかないのに、ずっと・・・ずっとここに居て欲しいのに。
 でも、帰すから、この手をちゃんと離すから、だからどうかただ一度だけの想い出を。


 けれどあなたは聞き分けのない子供を宥めるように、僕の髪を撫でて。
 兄のような母のような父親のような、ただ、優しいばかりの掌で。
『アルフォンス。アルフォンス・ハイデリヒ・・・・・・お前は、俺のもう一人の弟だ』
 違う・・・・・・・・・違うよ。そんなふうに自分の気持ちを誤魔化せないよ
『俺の弟は格好いいから、ほら、女の子たちが放っておかない』
 でも、僕が好きなのはあなたなんだ。
『間違えたらダメだ。お前は、間違えたらダメなんだ』
 あなたしか好きじゃないんだ。
『ちゃんと、女の子と恋をして結婚して家庭を持って』
 エドワード、僕の話を聞いてよ。
『可愛い子供たちに囲まれて、幸せな生活を・・・・・・お前は人並みに幸せになってくれよ』
 間違えずにと、過ちを犯さずに、と。光の射すところで幸せに包まれてくれと、あなたは。



 想い出を残さないのがあなたの優しさだって、解ってはいるのだけど、でも。



『お前のことを汚させないでくれよ』
 苦しそうな声であなたが言うから、僕はもう何もいえなくて。
 忌まわしい想い出にだけはなりたくなくてあなたに僕を惜しんで欲しくて。だから無理強いなんかはしたくなくて出来なくて。
 大切だから、愛しているから、あなたに悲しい顔をさせたくなくて。
 あなたの膝にすがって泣いた。ブランケット越しのぬくもりと、兄のように母のように僕の髪を撫で梳くやさしい指先をそっとそっと、心に刻んで。








 そしてあなたはあの空に飛び立ち・・・・・・・・・。







 あなたを見送り戻った部屋。
 髪の毛1本すらも残さずきれいにあなたの痕跡を消された部屋。
『俺のことは早く忘れて、光射す場所で幸せに』
 それが僕へのメッセージなの?


 無理、だよ・・・・・・・・。
 あなたを忘れる方法なんてわからないよ。
 だってこんなに好きなのに。
 僕の心の中はこんなにあなたで一杯なのに。
 あなたのことでいっぱいなのに。

 忘れるなんて、無理だよ。できないよ。




 どれだけ泣いたらこの涙は枯れるんだろう。
 枯れるまでは、泣かせて。
 後でちゃんと立ち上がるから、今は泣かせて。
 あなたを忘れるなんて出来はしないけど、立ち上がるから、今だけは。
 あなたに心配かけないように、ちゃんと立ち上がるから。

 あなたという光をなくして暗闇の中で大声で泣いて。

 でも、後でちゃんと、立ち上がるよ・・・・・・あなたが心配しないように。



 そうしたらあなたは、時々でも、僕を思い出してくれますか?








 何時日が落ちたのかも解らない部屋。
 窓から差し込む月明かり。
 あなたの髪のような金色の月が空の上から僕を穏やかに見下ろして。

 誘われるように窓を開け、月を見上げる。


 柔らかな風が、あなたの掌のように優しく僕の頬を撫でて過ぎた・・・・・・・・・。









END