『 kaguyahime 』
こんなに切ない恋をしたことなんてなかった。
受け入れてもらえない恋をしたことなんかなかった。
特別、口説かなくても女の子たちは僕の周りに集まった。
女の子だったら。
幾らきれいだからといって、まさか男の人に恋するなんて思いもしなかった。
どうしたらいいのか解らない。
どういって愛を告げたらいいのかも解らない。女の子たちのほうからいつも、僕の周りに集まった。
どうしたらいいのか解らない。
こんなに切ない思いをしたことなんてない。
だって。
あの人は、僕に恋してくれない。
僕を見てくれない。
僕を通して彼が見るのは・・・・・・遠い故郷に残してきた、彼の弟。
‘僕’のことは、見てくれない。
僕に恋をしてはくれない。
だって彼は、僕に弟の姿を見ているのだから。
ぼくを恋人には・・・・・・してくれない。
僕の手に入れることの出来ないきらきらとしたきんいろのたからもの。
雲ひとつない夜空には大きなおおきな満月が、ぽっかりと浮かんでいた。
幻想的な月。
子供の頃に読んだ、東洋のおとぎ話を思い出す美しい月。
竹の中から見つけられた赤ん坊は美しいお姫様に成長した。
都の貴族たちが次々と求婚する中、お姫様は育ててくれたおじいさんとおばあさんに打ち明ける。
『私はあの夜空に輝く月から来た者。次の満月の晩に迎えが来て、私は月へと帰らなければなりません』
彼、エドワードは僕に言った。
自分は‘扉’を通ってここにやってきた。
違う世界地図を持つ、異世界から来たのだと。
彼の生い立ちはそれこそおとぎ話。
僕をはぐらかす為にそう言っているのか、天才にありがちなどこかが壊れてしまった人なのかは解らない。
でも、どうしようもなく惹かれてしまう。
叶わない恋だとわかっていても、どうしようも、なく。
ねぇ、お願いだ。
僕を愛して。僕に恋して。愛の言葉を囁いて。
お願いだから僕を愛して。
帰るだなんて、言わないで。
彼が眠るはずの隣室から、窓を開けるギィという音が聴こえた。
『私はあの月へ、帰らなければなりません』
――――――――帰るんだ俺は。俺のいるべき世界へ。あいつのところへ。
決意を湛えた強い瞳で笑っていた。僕らが出合ったあの頃。
思う結果が出せず、願う数値が出ずに打ちのめされ憔悴して行くあなたはこのところあまりにも儚くて、きれいで。
おとぎ話に出てくるお姫様みたいに・・・・・・・。
あの、大きな月が、彼を連れて行ってしまう気が、した。
そんなありえない予感とも呼べない妄想はけれど奇妙な現実感を伴って。
僕は部屋を飛び出す彼の部屋へ向かう。
指先が強張る心臓が早鐘を打つ。
見たこともないきれいな金色の瞳。
異世界からきたのだという作り話にさえ説得力を持たせてしまう、不思議な色を湛えた瞳。
子供の頃に読んだ東洋のおとぎ話みたいに、あの幻想的な月へと・・・・・・。
「エドワード!」
いかないで・・・・・・。つれていかないで・・・・・・・・・。
僕を置いて・・・・・・行かないで。
夜空へ向かって開け放たれた窓。
風にはためくやわらかな素材のカーテン。窓の外には満月。
自由にならない義肢を壊れたおもちゃのように投げ出して、彼はベッドの上、ドアに背を向けてぺたんと座って。
月明かりは降り注いで彼をミルク色に照らして。
薄い夜着も清潔なリネンも彼の蜂蜜のような金の髪も、何もかもをミルク色に染めて。
窓から差し込む青白い月光。
彼に注ぐ光。
光の粒子。
精霊のように淡く照らし出されて儚く透き通って・・・・・・。
行かないで・・・・・・連れていかないで・・・・・・・・・。
咽喉が締め付けられる息の継ぎ方も解らなくなる。
透き通って、そのまま彼が消えてしまう気がして怖くて。
彼を失うことが怖くて苦しくて。
お願いだから・・・・・・僕を置いていかないで・・・・・・。
縋り付いてしまいたいのに、透き通る彼の実体に触れられなかったらというばかげた妄想に支配されて、怖くて息を殺して。
彼が・・・・・・エドワードが月に向かってゆっくりと手を差し伸べる。
自由な彼の左手を・・・月からの迎えを招くみたいに、淡い光をうっとりと浴びて。
僕の心臓が凍りつく目の奥が真っ赤に染まる。
震える手で、彼の手首を握り締める。
「・・・・・・あ・・・・・・・・・ぅっ・・・く」
声を掛けたいのに、彼の名前を呼びたいのに、僕の口からこぼれるのは意味を成さない呻き声ばかりで。
思いがけない力で更に伸ばそうとする彼の左腕を懸命に引き寄せて、背中からぎゅっと抱きしめて。
行かないでいかないで・・・・・・ここにいて僕を見て僕を呼んで僕を愛して。
お願いだ・・・・・・お願いだから・・・・・・・・・僕を愛して。
抱きしめる腕に力をこめても、彼は僕を見てくれない。
恍惚とした表情で遠い月をみつめて。
優しい顔で、青白く輝く遠い月をみつめて。
嫌だ・・・・・・いやだよ。
「ぅあぁぁ・・・・・・・・・っ」
力任せに彼をベッドに引き倒して痩せた胸に顔を埋めて縋って。
抱きしめて、泣いて。
止められない涙が彼の夜着を濡らす。
止まらない嗚咽が僕の身体を震わせる。
「い・・・・・・やだ・・・よ。僕を・・・・・・置いて行ったら・・・・・・・・・・嫌・・・だ」
ここにいて。ずっとここにいて傍にいて。
愛して。僕を愛して。
好きなんだ。愛してるんだ。どうしようもなく、あなただけを愛しているんだ。
優しい手が、僕の髪を撫でた。
慈悲に似た、愛に似た手が僕の髪を撫でる。
優しく、あたたかく。
ねぇ、この手が欲しいんだ。あなたの愛が欲しいんだ。
「どうしたんだ・・・・・・泣いたりして。・・・・・・・・・アル?」
僕の心が凍りつく。凍って、絶望の深海に沈んで行く。
孤独の海に沈んでゆく。
冷たい海に沈んでゆく。
だって、それは僕の名じゃない。
同じ名前だけど、あなたは僕をそんなふうに呼ばない。
「う・・・・・・っ、うぁぁ・・・・・・・・・・」
絶望する僕の髪を残酷な手が優しく撫でて。
「悲しいことでも、あったのか・・・・・・?」
悲しいよ。
悲しいんだよ。
だってあなたが僕を愛してくれない。
あなたが僕を見てくれない。
あなたが僕を必要としてくれない。
悲しいんだ悲しいんだどうしようもなく悲しいんだ。
残酷な左手が僕の頭を抱きしめる。僕の髪に口付ける。
でも・・・・・・それは僕に与えられたものではなくて。
「大丈夫だよ・・・・・・俺が、ついてるだろう?」
腕の中の、決して手に入れることの出来ない宝物を抱きしめる。
縋りつくように。
助けを求めるように。
あなたの胸を僕の涙で濡らし続けて。
絶望して。深く深く絶望して。
それでも僕は彼にすがり付いて愛を欲しがって。
どれほど深い悲しみに沈んでも傷ついても。
愛する気持ちを殺してしまうことも出来ずに・・・・・・・・・。
END