『 やけに自然な不自然な感情 』











「兄さん・・・・・・・・・っ」
 そうされるとは思っていなかったから、少なからず驚いた。
 ほんの、一瞬。






 けれどこの、まるで縋るかのような必死さで俺の肌を探る指に掌に、苦しそうに泣きそうに俺を呼ぶ声に荒い吐息に、逃がすまいと放すまいと俺の背を覆いのしかかる厚い胸に絡みつく長い腕に、俺の心は魂は歓喜して安堵して昂ぶりを覚えて。
 痛いほどに、震えた。


 まるでこうなることを望んでいたみたいに、同じ血を持つ兄弟であることの違和感も、男同士であることの嫌悪感もただのひとかけらも覚えることなく、身体は悦び熱を孕んだ。
「兄さん・・・・・・・・・・にいさん」
 項をきつく吸い上げる唇、肩口に食い込む犬歯、嵐のようにもみくちゃにされ翻弄されきつく固く抱きしめられて、アルの名を呼び返したいのに、声が出ない。












 ずっと二人、寄り添って生きてきた。
 喜びも悲しみも地獄さえも分かち合って、いつか違う道を進むことなど想いもせずに。
 共に在ることがあたりまえのように。いつまでも、未来永劫変わることなく。
 アルが生身の身体を取り戻して、俺が右腕と左足を取り戻して戦いを終えても、いつまでも何も変わらないのだと信じて、笑いながら過ごしてきた。

 痩せこけていた身体が充分な栄養と睡眠で、早送りのように、遅れていた成長を取り戻していつの間にか俺の身長を追い越し、体格もよくなって。
 未だに、俺の分の栄養がアルに流れているとしか思えない。
 そう言ったら、嬉しそうに愉快そうに笑った。
 女好きするだろう、実にさわやかな笑顔で、悪戯っぽく。俺よりも大きくなりたかったからラッキーだなんて、何故だかやさしいまなざしで。怒る気なんて、失せるほどの優しいやさしいまなざしで。
 お前弟の癖に生意気、なんて毒づいてみたけど本当は、取り戻した肉体が問題なく成長をしている事実に安堵とそして感動を覚えた。




 アルのすべてが、俺にとってのしあわせだった。
 アルのすべてが、大切だった。何ものにも換え難く、大切だった。




 図体のでかくなった弟が・・・・・・・・・いや、鎧の頃と比べれば断然小さいのだが・・・・・・・・・広くはないが狭いわけでもないソファーに腰掛ける俺に言葉なく肩を額を寄せてくるのに、温もりが恋しいのかとか、5年ぶりの、疲労も痛みも感じる肉体に心細さを感じているのだろうかとか。
 そんなことを想いながら、髪に指を絡ませたり広くなった背を撫でてみたり。
「お前、でかいくせに甘ったれ。俺のこと潰す気かよ?」
 なんて、口では悪態をつきながらも、心の中にあたたかな光が灯った。


 しあわせだと思った。
 しあわせで大切で、もう二度と失いたくはないと願った。
 大切でたいせつで守りたいと思った。
 そんなふうに思うときいつも、心は凪いで、優しくしたいという気持ちがまるで羽根を広げるように、辺り一面を満たすのを感じた。
 アルを取り巻く世界を守りたいと思った。アルが幸せに笑っていられるようにと。










 その弟が、必死の様相で、俺の身体を貪って。


 ‘感性が独特’とことあるごとに言われる俺にも、これが血の繋がった兄弟で交わすような行為ではないことは分かる。
 けれどそれが正しいか否かなどはどうでもいいくらいに。

 この不自然な行為を自然なこととして受け入れてしまうんだ。
 全てを受け止めてやりたいと思ってしまうんだ。
 激情も歪な欲望も。すべての感情が俺に向くのに、たとえようもない悦びを得るんだ。
 優しくて柔らかな想いと焼け付きそうな情欲とが、俺の中に混在して渦を巻いているんだ。





 な、アル・・・・・・・・・その手を放せよ。ちゃんと、やろうぜ?


 お前が俺を欲しがるなら、俺は、淫乱な女みたいになまめかしく腰を揺らしてお前の目を愉しませてやるよ。
 甘い声をあげてお前の名を呼んで、その耳から酔わせてやる。
 だから、ちゃんと抱き合おう?
 俺の全てをお前にやるから、お前を全部、俺によこせよ。



 けれど、口の中に含まされた指が俺の舌を絡め取って、言葉を告ぐことが叶わない。

 かき混ぜられて唾液が、ジュプジュプと音を立てて唇から零れる。
 腿に擦りつけられるアルの熱い昂ぶりに、汗ばんだ肌がざわめき悦ぶ。
 口から抜き出された濡れた長い指が俺の尻を割って、そこに触れる。
 じわじわと解しながら進入する指先に、焦れて。

 なあ、早く・・・・・・・・・・・指よりももっと、お前の・・・・・・・・・・・・・。

 待ち焦がれた、熱の塊のような切っ先があてがわれる。
 期待に戦慄く肉体が発熱する。
 体中から力を抜いて、受け入れる体制を整える。


 早く、はやく、その熱で俺を貫いて・・・・・・・・・。






 ふ、と、背中にかかる重圧が消える。熱が遠のく。


「・・・・・・・・・っ・・・何でだよ・・・・・・なんで抵抗しないんだよっ!」
 喰いしばった歯の隙間から漏れる呻くような声。振り返り仰ぎ見たアルは額を押さえ、苦しそうに悔しそうに。
 俺はゆっくりと上体を起こし、握り締めたアルの手に触れる。
「どうしたんだよ、アル・・・・・・・・・しねぇの?」
 斬れそうな眼が俺を睨み付けて、すぐに視線をそらす。
 掌で、アルの腕を撫で上げ、頬に触れる。視線だけを下にさげて熱の源を確かめる。
「どうして抵抗しない?なんで嫌がらない?」
 怒りのような、嘆きのような、アルフォンスの声。
「抵抗?お前、俺のこと強姦してぇの?」
「・・・・・・っ!」
 お前じゃ、無理だよ、と咽喉で笑ってみせる。頬に触れた手を首に回し、逃げようとする唇を塞ぐ舌を差し込み絡みつかせる。
 驚いて見開かれた瞳。優越感に浸り欲情する。
 空いた手を下ろし灼熱を探り当てる。握った掌に伝わる脈動。


 口付けを深くしながらその先端にゆっくりと腰を落とし、俺の中に招き入れる。


 その体積が内側から圧迫して、苦しいけど愛しい。
「お前がどんなに酷くしたって、強姦になんてなんねぇよ」
 俺がお前を拒むなんてことは有り得ないから。
 貫かれる苦しさと、この男が中にいるのだと意識することで深まる愛しさと興奮で、全身の毛穴から汗が噴出す。おずおずと回してくる腕に満足して勝ち誇って笑みを浮かべる。
 向かい合い座った姿勢で繋がったまま、誘うように腰を揺らす。アルフォンスが荒く息をついて苦しそうに眉を寄せる。
「な、アル・・・・・・・・・動けよ・・・・・・・・・・・・・」
 艶かしい声音をつくり、吐息と共に形良い耳たぶに乗せる。
「・・・・・・・くそっ!泣いて嫌がっても止めてやらないからな、兄さんっ」
 短く悪態をついて俺を勢いよく押し倒して圧し掛かる。俺はその逞しい首に腕を絡ませる。
「来いよ、可愛いアル」
 熱も激しさも欲望も、全部全部俺によこせよ。



「あ・・・・・・っ、あぁ・・・・・・・・・いい、ぜ、アル・・・・・・」
 激しく突き上げられて、溺れる。
 抱かれたい、と、今まで思わずにいたのが不思議なくらい、身体はこの快感を求めていたのだと知る。血の繋がった兄弟で身体をつなげることでまた倫理に世の理に背いても、俺たちはこうなるのが自然だったのだと思わずにはいられない。
 そのくらい、欲しくて欲しくて欲しくて。お前を取り込んだ身体が満たされて。


 アルの歯が、肩に食い込む。痛みすらも快感に摩り替わる。
「愛してるんだ・・・・・・・ずっとずっと、好きだったんだ、兄さん・・・・・・・・・・・っ」
 泣いているのかと思うような声、愛しさが膨れ上がりきつくきつく抱きしめる。

 ああ、そうか・・・・・・・・・俺もずっと、愛してたんだ、お前を。


 固く抱き合って階を上る。頂の先に光が見える。
「くっ・・・・・・・」
 アルが短く息を詰めて俺を大きく突き上げ・・・・・・・・・・俺たちは真っ白な光に包まれた。














「兄さん、兄さんっ・・・・・・!」
 とろとろとした心地よいまどろみを邪魔する声がする。
 まだ、もう少し眠っていたいけど、これはアルの声。うろたえたような、必死な声。

 あぁ、早く起きてやらねぇと・・・・・・・・・。

 まだ眠りたがる目を身体をたたき起こして瞼を上げる。
 映ったのは青ざめたアルの顔。
「ん・・・・・・・・・どうした、アル?・・・・・・顔色悪ぃぞ、お前」
「どうした、って!!だって兄さん、大丈夫!?痛くない・・・・・・・・わけないよね!?ごめん、ごめんなさい」
 大きな身体を丸め、小さくなっている弟をいぶかしみながら、ゆっくりと上体を起こす。
 体中がギシギシと軋む。
「あでで・・・・・・・っと、うわ、こりゃすげぇや」
 自分の身体に視線をめぐらせ、俺はその光景に盛大に噴出す。

 そこかしこに散るキスマーク・・・・・・・・・というより、きつく吸いすぎたのか、紫色の痣だらけ。押さえつけた指のあと、はっきりそれと判る歯形。繋がった部分が切れたのか、シーツも足も血だらけになっている。
 ああ、これじゃぁアルが慌てるのも無理はないか。

「あはは、お前、余裕ねぇのな」
 笑って、アルの頭を抱き寄せる。
 大丈夫だよ、俺は。ちょっとやそっとじゃ壊れねぇから、お前の激しさくらいいくらでも受け止めてやれるよ。
 言葉のかわりに、こめかみにキスをする。
「・・・・・・・・・赦して、くれるの?」
 なんだかもう、新鮮なくらいしおれた弟が恐る恐るといったふうに訊いてくるのが可笑しくて愛しい。 いつもお小言ばっかり食らっている身としては、こんなふうに力関係が逆転するのも不謹慎だが小気味良い。
「赦すも何も、嫌じゃなかったし」
「同情だったら・・・・・・辛いよ」
 馬鹿だろ、お前。
「同情で血の繋がった弟に突っ込ませて欲情してイッちまえると思ってんの?本気でそれ言ってんの?演技でおっ立てられるほど器用じゃねーよ」
 でも、と、まだごにょごにょ言おうとするので遮る。
「あーもうしつこい。この場合、俺の合意以外になんか必要?俺はお前が大事で何でもしてやりたいしなんでもさせてやりたい。おおっぴらにいちゃつけねぇし対外的には不自然だけど、俺たちにとっては自然なんだから俺的にはアリなんだよ」
 信じられないみたいな顔で、アルがじっと俺を見つめる。
「文句があるなら、ナシにするぞ」
「ない。文句なんてないよ、兄さん」

 そうそう、素直になれよ、アル。

「おっしゃ、なら決まりな。つーわけで、アル、咽喉かわいたから水持ってきてくれよ。俺、腰ガクガクで歩けねーや」
 慌てて立ち上がるアルが、ついでに風呂の用意もするという。


 よしよし、解ってるじゃねぇか。



「おい、アル」


 小走りに部屋を出て行こうとする後姿を呼び止める。




「俺も、愛してるぞ、アルフォンス」





 振り返った顔が泣きそうに笑って、足音と共にドアの向こうに、消えた。










END