『 柔らかくしてお召し上がり下さい 』
最年少で国家資格を取ったという記録をいまだ塗り替えられることなく、天才の誉れ高い錬金術師‘エドワード・エルリック’。
ここ、アメストリス国に於いて彼の名を聞いたことの無い者はおそらく一人も居ないであろうことは想像に難くない。しかし有名なのは彼単体ではない。彼の弟、アルフォンス・エルリックもまた錬金術師であり、彼らは『エルリック兄弟』として広く知られているのであった。
彼らはいつも行動を共にしている。
一糸乱れぬ連係プレー、互いの癖を知り尽くした無駄のない動き。そのピタリと合った呼吸にある者は舌を巻き、ある者は感嘆のため息をついた。
エドワードとアルフォンスの尋常でなく息の合った動きの陰には、これまた尋常ではない理由があった。
彼らはいつも一緒に居る・・・・・・彼らは‘兄弟’であり‘家族’。‘無二の親友’であり・・・・・・そして、生涯どころか来世までを誓った‘伴侶’であり‘恋人’だったのだ。
それは二人だけの秘密。兄弟と親しいごくわずかの者はうすうす感づいていたりするけれどもそれはあくまでも秘密。
その日、エドワード・エルリックは朝から弟の一挙手一投足に戦々恐々としていた。
弟のアルフォンスは兄と同じ金色の目を低く座らせて、黙々と目の前の皿を空にし続けている。
「・・・・・・アル、そんなに食べて大丈夫なのか?まだその体に慣れていないわけだし、あんまり無茶はしないほうが・・・・・・」
やっと昨日、真理から取戻したばかりの弟の体を気遣うのは当然。
「おかわり」
「肉、まだ、あんまり焼けてないぞ」
「生でもいいよ」
もう何枚目になるのか数えることすら恐ろしい空の皿を下げながら、エドワードは心の中で悲鳴をあげた。
『こいつもう、牛1頭くらい確実に食ってるっっ!!』
かれこれ5年ぶりにもなるであろう食事を楽しむ素振りは微塵も見せず、ただ黙々とひたすら黙々とアルフォンスは咀嚼を続けている。
彼はひたすら生命活動のために栄養を補給しているに過ぎない。
ただひたすら造血という目的の為に食事を取っているに過ぎない。
「アル、野菜も食べたほうがいいんじゃないか?」
そう言いながらエドワードは肉の皿とともにほうれん草を盛りつけた皿を差し出す。
「うん。そこに置いて」
アルフォンスが横に立った兄をちらりと見上げる。
眼差しからは壮絶な色気が垂れ流しで、その絡みつく視線がエドワードの肌を這い上がり、己が獲物であるという自覚を呼び起こす。
焼かれる順番を待つ仔牛の気分にどっぷり浸って、エドワードは悲しく鼻歌を歌った。
「ドナドナドーナード〜ナ〜〜」
「兄さん、僕は兄さんを市場へ売ったりしないよ」
即座に反応した弟の優しい声に、エドワードが頬を染める。
「・・・アル」
「自分で食すに決まってるだろ、兄さん。あははは」
「そ、そうだな。あははははは」
愛する弟が鬼だったことに今ようやく気付いて、エドワードは乾いた笑顔で滂沱の涙を流すのだった。
なぜこんなことになっているのか。
話は前日の晩に遡る。
清廉な水が絶えず湧き出る泉のほとり。丸く切り取ったような小さな夜空。
月は木立のかなたに隠れ、黒いビロードの空には星たちが豪奢な宝石のように散りばめられている。
そんな人里はなれた森の奥にひっそり佇む訪れるものもない小さな家。分厚いカーテンが引かれた窓に今、遮光しきれない青白い光が膨れ上がり、弾けた。
練成光が治まった陣の中央で、生身の肉体を取戻したアルフォンスと、エドワードが言葉もなく抱き合っていた。それぞれの双眸から、喜びと安堵の涙を流しながら。
抱き合い、互いの肌に触れ、感触と体温とを確かめ合って。
もとより恋人同士の二人がそのまま盛り上がってしまうことは必至。
二人は口付けを交わし吐息を唾液をむさぼり、縺れるようにしてベッドへ飛び込んだ。
触れる肌の熱さや汗に湿った‘感触’がもたらす感動、手の中で切なく脈動し質量を硬さを増してゆく互いの欲望。
甘い夜。記念すべき夜。
そして二人はひとつに・・・・・・まさにひとつになろうとしたところでグラリと、アルフォンスの身体が大きく傾いだ。
「アル・・・?」
「・・・・・・兄さん・・・・・・・・・・この身体、血が、足りないみたいだ・・・・・・」
そう一言発して、アルフォンスの視界に闇が下りてきた。
「ア、アルっっっ!?」
甘い夜になるはずだった。記念すべき夜になるはずだった。
深く記憶に残る夜であることだけは確実だった・・・・・・が。
症例:身体の一部に血液が集中したことによる脳貧血。
「血液の量に余裕がないんだ」
翌朝、目覚めるや否やおはようの挨拶よりも先にそう言って、アルフォンスはどこからか肉を調達してきた。しかも大量に。
目を瞠るエドワード。
凄みのある半眼で、多くを語らないアルフォンス。
その迫力に気圧されて、エドワードは給仕を引き受けたのである。料理の腕にまったく自信がないにもかかわらず。
そして朝からエドワードは肉を焼き続けている。
そうして朝からアルフォンスは肉を食べ続けている。
まるで追い立てられるかのように。
しかしエドワードが戦々恐々としているのにはもうひとつ理由があった。
皿を取り替えようと近寄るたびに尻や太腿を揉んだり撫でたり、アルフォンスがやたらとセクハラをかますのだ。
抗議をしたら『メインディッシュの下準備』だといって、にやりと笑った。その男くさい笑顔が視神経から脊髄を通って尾てい骨を攻撃する。
まともに立っていられない、腰が砕ける。
前の晩に途中で放り出されたままの身体がたまらない。
「なんか、アル、鎧のころとキャラが違う・・・・・・」
エドワードの呟きがむなしくキッチンに落ちる。
ガックリと肩を落としたエドワードの背中をアルフォンスが眺めていた。
その口元に獰猛な色気をたっぷり湛えて。
陽はもうわずかに傾いている。何度も何度も繰り返した動作をエドワードはさらに重ねる。
空いた皿を受け取り肉の乗った皿をアルの前に置く。その度に片手が動いて悪戯を仕掛けるのだが、今回は少し違った。
皿を置いた途端、アルフォンスの左手が兄の細く引き締まった腰を抱き寄せ、長い脚を跨ぐように座らせたのだ。
背後から抱かれてただそれだけで、エドワードの身体が発熱する。
「ん・・・・・・アル・・・」
弱火でコトコト煮込み続けられていた身体が甘い期待を抱く。ねだるような甘えるような声がエドワードの唇から漏れる。触ってほしくて内股でアルフォンスの脚をきゅっと挟む。
けれど食器のカチカチという音は相変わらず続いている。
アルフォンスが左の指先で切り分けた肉をつまみあげる。ソースをたっぷり絡めたそれをエドワードの唇に軽く押し付ける。口を開くと、表面を炙っただけでほとんど生肉に近いそれがヌルリと入ってきた。
ゆっくりと咀嚼して、飲み下す。
「指がべとべと。兄さん、舐めてきれいにして」
低い囁きを吐息ごと耳に滑り込ませてアルフォンスが笑う。
「・・・ん・・・・・・」
ぞくぞくと背中を震わせて、エドワードがその指を舐め清める。
耳元に唇を寄せていたアルフォンスが行きがけの駄賃とばかり、耳たぶを甘噛みした。
「いけない、ここにもソースがついちゃったね」
耳をねろりと舐め上げられてエドワードの背がしなる。きつく挟みつけている内股の筋肉がビクビクと痙攣する。
「ひゃぁ・・・んっ」
開いた唇にアルフォンスの指が侵入する。口腔をまさぐりエドワードの舌を愛撫する。
「かはっ・・・・・・んっ・・・・・・・・んくっ」
指の腹で口蓋をなぞり上げ、舌の裏を掬うように撫で上げる。
飲み込んでも次から次へと溢れる唾液がちゅぷちゅぷと音を立てる。
酸素が足りない、上手く息が継げない。もう、舌を絡めているのか、絡めとられているのか分からない。
身体中が切なく痺れてどこもかしこもドクドクと脈打って。
エドワードは弟の足に股間を擦りつけてその先をねだった。
「アル、っん、も・・・・・・して・・・・・・・・っ」
首をひねって視線を合わせると、アルフォンスがエドワードを抱き上げた。そのまま居間のソファーへと運ぶ。
降ろされたエドワードが期待をこめて伸ばした腕をするりとかわして、アルフォンスは兄の頬に軽いキスをひとつ、贈った。
「夜になったら、ね」
陽は先ほど傾き始めたばかり。夜まではまだまだ半刻以上もある。
エドワードはそのまま固まっている。
「そ・・・そんなぁ・・・・・・・」
途方にくれた呟きがひんやりとした居間の空気に、静かに溶けた。
それから1時間ほどの間、アルフォンスは家の中を歩き回り通りすがりに、クッションに抱きついているエドワードの髪を撫でたり尻を揉んだり頬にキスをしたり乳首を捏ねくりまわしたりして行った。
エドワードの身体はもう、肌に触れる布地の感触にすら敏感になってしまっていて身じろぎひとつ出来やしない。
恨めしげな視線にアルフォンスは、それはもう鮮やかな笑顔を返している。
それから30分ほど姿が見えなくなり、今度は明らかに湯上りのバスローブ姿で現れた。
「兄さんもシャワー浴びておいで。・・・・・・全部、きれいにしてくるんだよ」
それだけ言うと、鼻の頭にキスを残して去ってゆく。
エドワードはいそいそと、けれどよろめきながらバスルームへ向かうのだった。
降り注ぐ湯の中、泡立てたスポンジで身を清める。何度も達してしまいそうになるのを懸命に堪えて念入りに洗い、鏡に己の全身を映す。
欲情しきっていやらしく上気した顔が、もうすでに半分勃ちあがったそこが恥ずかしい。
見ていられなくなってシャワーを止めた。
バスタオルで水気をぬぐって、ローブに腕を通した。
「おいで、兄さん」
寝室のドアを開けると、アルフォンスが両腕を広げてエドワードを迎えた。
「アル・・・・・・」
バスローブを押し上げるそこを恥ずかしそうにもぞもぞと隠そうとする仕草にクスリと笑って、エドワードの身体をベッドへ横たえる。湯上りの肌がさらに赤く染まる。今度こそ、離すものかとエドワードの腕がアルフォンスの首に絡みつく。
「して・・・もう、焦らすなょ・・・・・・っ」
弟が余裕な顔をしているのが悔しくてその腰に脚を絡め引き寄せ、その気にさせようとして自分のそれを擦り付ける。
「兄さん、もう、我慢できなくなっちゃった?」
クスクスと意地悪く笑いながらそんな恥ずかしいことを言うアルフォンスの瞳は、けれどとてもとても甘くて、優しい。
「我慢、できない・・・・・・」
切羽詰った声音をもらす唇にキスを落として、アルフォンスが微笑む。
「可愛い兄さん。いいよ、いっぱい気持ち良くしてあげる。ずっといい子で待ってたからね」
ようやく得られる悦びに、エドワードがうっとりと安堵するような笑みを返した。
アルフォンスの生身の掌から肉体から与えられる快感はどれも馴染みのないものではあったが、己を抱く者がその人であればこそ、そしてまたつい昨日の昼間までは鋼鉄の鎧に宿る魂だけの存在であったことを思えばこそその深い慶びと感慨はひとしおで、エドワードの胸に幸福感が押し寄せる。
そして、アルフォンスもまた、触れる掌から密着した肉体から伝わる兄の体温、しなやかな筋肉、蕩けてしまいそうな肌それらすべての感触に感動し、愛が募った。
昨晩はただもう必死でむさぼった肌。その触り心地の一つ一つを味わう余裕も楽しむ余裕も、腕の中の兄の表情に、苦痛が混じっていないかどうかを気にかけてやる余裕ですら、まるでなくて。
だから今夜はもうただただ気持ちよくしてあげたい、と、彼は思った。
とろとろに蕩けさせて身も心もひとつになって快感で縛り付けて、もう、この腕の中からどこへも飛び立てなくなるようにきつくきつく縛り付けて。
兄が求め、手を伸ばすのは永遠に自分であれば良いと、アルフォンスは願って。
だから焦らして。散々に焦らして、欲しがるように仕向けて。
「ア、 ル・・・・・・っ、やっだ、それ・・・・・・・っや、ぁ」
兄の性器を口に含んで可愛がる。白い腹がまるで陸に打ち上げられた魚のようにビクビクと痙攣している。張り詰めた幹に舌を絡め先端のくぼみを舐め抉って。
「やだ・・・・・・離っ、せ・・・はなし、て・・・・・・出ちゃうっ」
もう、絶頂は目の前だろうに、きつく目を閉じてエドワードが首を振る。
「出していいよ、気持ちいいんでしょう?」
「嫌・・・っだ、アルと・・・・・・アルと一緒じゃなきゃ、や・・・・・・」
どうしてこの人はこう、自分のことを簡単に幸せにしてしまうのだろうと、こみ上げてきそうな涙を堪えてアルフォンスは微笑んだ。
鎧の頃に、あの太い革の指を散々に覚えこませた其処は生身の長い指を難なく呑み込む。とろとろに溶けた秘所がもう、受け入れられる状態になっていることを確認して、アルフォンスはそこに自分自身をあてがった。
「痛かったら、言って」
エドワードがゆっくりと目を開く。
「アルフォンス・・・・・・来、い」
恍惚とした笑みを浮かべて、手を差し伸べる。
「・・・はやく、ひとつに・・・・・・な、ろ?」
頷いて微笑を返して、アルフォンスはゆっくりと、身体を沈めた。
初めて生身の身体で味わう中は熱くうごめいて誘うように絡み付いて。登り詰めてしまいそうになるのを奥歯を喰い絞めて耐える。
「凄い・・・・・・気持ちいいよ、兄さんの中・・・」
「い、い?・・・・・・アル、気持ち・・・良い?」
「良いよ。熱くて、キュウキュウ締まって・・・イッちゃいそう」
「イッて、中で・・・・・・俺、の身体でいっぱい気持ちよく、な・・・って」
溢れて止まない愛しさはキスで伝えて。
柔らかく溶けた身体は快楽に沈めて。
浅く、深く貫いて交ざりあって。
汗は息は混ざりあって浅く早く階(きざはし)を昇って。
「アル・・・アルっ・・・・・・来て、も・・・・・・っ」
限界を訴える愛しい人を深く抱いて、アルフォンスもラストスパートをかけた。
二人で一緒に、頂を極めるために。
「兄さん・・・・・・愛してるよ、兄さん」
心臓が跳ね上がって鼓動は同調して光の中なのか闇の中なのか混じりあって溶け合って吐息も肌も汗も溶け合ってひとつになって、ただもうすべてがひとつになって色彩は失われてただただすべてが白く染まって光の色にそまって・・・・・
ひとつになったかれらは、しろいしろいひかりのなか・・・・・・・・・・・・のぼりつめて、はじけた。
人里はなれた深い森の更に奥訪れる者のない小さな家が、その恋人たちの家。
愛が棲む家。
禁忌を選んだ者たちが、ひっそりと暮らす家。
恋人たちの甘い夜は長いので、とてもとても長いので、あとはそっとしておいてあげるとしましょう。どのみち付き合い切れやしないので。
これは、このアメストリス国に広く名の知れた錬金術師兄弟『エドワード・エルリック』と『アルフォンス・エルリック』の、知られざる物語。
彼らをよく知る親しいものには想像ついちゃったりしているけれども、そこは内緒の、物語。
END