『 そのやさしいぬくもりに 』










 およそ5年ぶりの眠りをむさぼる弟の横でオレは、実に、およそ5年ぶりの弟の寝顔を飽きもせずに眺めた。




 俺たちは、間に合ったんだ。
 拒絶反応を迎える前に、俺たちは取り戻したんだ・・・・・・・・・アルの生身の身体を。
 かけがえなく、大切な・・・・・・・・・アルの、生身の身体を。


 間にあったんだ・・・・・・・・・。




 もし、間に合わなかったらどうしようと。魂の拒絶反応をそのときを迎えてしまったらどうしようと。
 何度も思いかけては、慌てて封じ込めた。



 考えてしまったら、本当に、なってしまう気がした。
 とても・・・・・・・・・とても、堪らなく恐ろしかった。



 ふと目覚めた夜中、座り込んで動かないアルの姿に不安が掻き立てられて、寝言の素振りで何度も何度もその名を呼んだ。
 オレを振り返る気配、床板のきしむ音。
 肌蹴た上掛けを引き上げ、髪を撫でてゆく温度のない、けれどとてもとても優しい手。
 そしてオレは安心して、また眠りにひきずりこまれてゆく。


 失わないように。
 決して失わないように。
 もしものことがあったら、オレはまたこの身を差し出すよ。左腕でも右脚でも。
 お前は怒るだろうけど。だから絶対言わないけど。
 お前を失わずにすむなら、オレにはぜんぜん惜しくはないから。




 だけど、オレたちは間に合った。お前の生身の身体を取り戻した。
 取り戻した。お前を失わずにすんだ。
 どんなに言葉を並べ立ててもたりない表現しきれない幸福感そして安堵。





 およそ5年ぶりの眠りをむさぼるお前、およそ5年ぶりのお前の寝顔を眺めるオレ。
 しあわせでしあわせで幸せで。
 幸せで胸が熱くて痛いくらい熱くて。
 もっとずっとその寝顔を見ていたいのに視界が滲んでぼやけて揺れて。


 まばたきをしたら、ほろりと視界が開けた。
 でもまたすぐにアルの顔がにじんで揺らぐ。



 あたたかな手が伸びて、オレの頬に優しく触れた。


 昨日までと違って温度のある、昨日までよりもずっと小さくなった掌が、昨日までとまるで同じ優しさでオレの頬に触れて。

「どうしたの、兄さん・・・・・・?泣いてるの?」
 掠れた声で囁くように、眠そうな顔で笑う。
 両手で頬を包まれ引き寄せられる。
 目尻に額に鼻の頭についばむように口付けられて、ほんの一瞬、唇を掠めて胸に抱かれる。
「泣いていいよ・・・・・・兄さん。泣いていいんだよ、兄さん」
 温かな体、力強い鼓動。取り戻した身体、やっと取り戻したお前の生身の肉体。
「ずっと、我慢してたでしょう?辛くても、悲しくても・・・・・・」
 だって、泣いたらいけないと思ってたんだ。オレが泣くのは卑怯だと思ってたんだ。


 だってお前は泣けない身体だったのに。
 泣くことも眠ることも食べることもできない鎧の身体だったのに。
 そんな体にしてしまったのはオレなのに。オレが悪いのに。


「泣いていいんだよ・・・・・・泣いても良かったんだよ、ずっと・・・・・・・・・」
 我慢しないでほしいんだよ、一人で背負い込まずに、ボクに分けて欲しいんだよ、と、そう言ってオレを強く強く抱きしめて。
「ね・・・・・・・・・泣いて、兄さん・・・・・・我慢なんかしないで」



 優しくされて眼の奥が熱くて・・・・・・・・・溢れてしまう。


 溢れて、零れ落ちて、アルの夜着を濡らす。




 悲しかったこと悔しかったこと自分の愚かさ自分の無力さ。
 ずっとずっと溜め込んでいたもの全て、優しい手に背を摩られて溢れて。
 その腕の中で全部ぜんぶ溢れさせて・・・・・・・・・。




 ぜんぶ溢れだして・・・・・・・・・からっぽのオレは引き上げられて、目尻に残った雫を唇で拭われて視界は反転してアルの顔をからっぽの頭でぼぅっと見上げて。
 アルが静かに微笑んでオレの頬に額に・・・・・・・・・顔中にキスの雨を降らせて。


「やっと、泣いてくれた」


 まるで最初から決められていたオレの居場所みたいに心地いい腕の中で、安堵してオレはまぶたを閉じる唇が重なる。
 まるで当たり前のことみたいにオレはそれを受け入れる。

 弟なのに・・・・・・・・・まるで最初から決まっていたみたいにとても自然に。






 そのやさしいぬくもりに、安堵してオレは全てをゆだねる。




 このやさしいぬくもりに包まれて・・・・・・・・・。


 オレは、しあわせな夢を 見続ける。







END