『 みちたりたせいかつ? 』
「いったい、何が足りないって言うのさ、兄さん?」
呆れたように、でも優しい顔で弟が首をかしげる。
「分かんね。でも・・・・・・・・・なんか、足りないんだ」
モヤモヤする。
なんかが足りない感じがして、なんていうかモヤモヤする。
お前の生身の体も俺の右腕と左足もちゃんと真理から取り戻したし、ホムンクルスたちとの戦いも終わって・・・・・・自分たちが何であるのかを知ってしまって大切な人たちと共に生きることを躊躇って、アルと二人、人里はなれたこの地にそっと移り住んで。
「リゼンブールに戻る?ばっちゃんやウィンリィならきっと、僕らが何であっても変わらない。ううん、本当は大佐や中尉たちだって」
兄さんが望むなら良いんだよ、と、どこまでもどこまでも優しい顔で。
うーん、そりゃぁ、皆といるのも悪くないけど、でも、そうじゃないんだ。
俺とアルに流れるこの血が、この先何も起こさないって確証もないから。俺たちを大切にしてくれた連中だからこそ離れていたい・・・・・・っていうのもあるし。
それは、少しは寂しいけどアルがいるから、俺と‘同じ’アルがいるから、一人じゃない。それだけでいい。
や、でも、今俺が抱えている違和感って言うか『足りなさ』は、なんだかそういうものではなくて。
「あー、なんかわかんね。ムシャクシャするぅぅぅ・・・・・・・おい、アル、なんかすっきりしないし、組み手しよーぜ、組み手」
こういうときは体動かすに限るじゃん?
そう言いながら、アルの手を引いた。
温かな手に、胸がトクンと音を立てる。
やっと取り戻したアルの肉体。温かな生身の肉体。
幸せな温度。
幸せなのに・・・・・・・いったい何が足りないっていうんだろう。
俺は何を欲張っているんだろう。
ずっと見たいと思っていたアルの笑顔に毎日見守られて、こんなにこんなに幸せなのに。なんで足りないなんて思うんだろう。
ヒュッ!
風を切る音、めまぐるしく流れる景色。
休む間も無く繰り出される蹴りを拳をぎりぎりで見極めかわし、受け止める。
腕に重く響く衝撃。
手加減はなし。動きを見切り相手の攻撃を受け流して自分の攻撃に変える。師匠から教えてもらったことは、頭で理解するよりも深くしっかりと体に刻み付けられている。
今はただ、アルの動きに集中して・・・・・・・・いなきゃならないのにモヤモヤが晴れず、絵にかいたみたいに見事に投げ飛ばされる。青い空が、目に映る。
「兄さんっ!?」
背中一面、地面にしこたま打ち付けて動けない。慌てて駆け寄ったアルが覆いかぶさるようにして、俺の顔を覗き込む。
逆光で、顔が良く見えない。
なんとなく・・・・・・・・・背中に腕を回して抱き寄せてみる。
あ、なんか・・・・・・・・・・・・・。
「わっ!?な、何、兄さん?」
アルが、目を丸くしている。
「なんか、こんな感じ」
「何が?」
「さっきのモヤモヤ」
まだなんか違うような足りないような感じはあるけど、でもだいぶ近付いた感じ。
「・・・・・・ギュッてする?」
あまやかすみたいにアルが笑う。
そんな顔もするんだとか、いいかもとか、よくわからないけど。
「ん」
首と腰の下に腕が入れられて、地面に転がったままギュッ、て、抱きしめられる。
トクトクと、アルの鼓動が胸に伝わる。
とくんとくん、と、規則正しくリズムを刻む。
俺の鼓動と重ねるとちょっとずれて、タタンと鳴る。ぴったりそろえば良いのに、なんて。
そんなことを考えながら、すぐ横にあるアルフォンスの顔に頬を擦り付ける。
ほこほこしてるのにもどかしい感じ。
なんだろう、何が足りないんだろう。
顔を上げて覗く、影の差した金の瞳。
困ったように眉根を寄せる、端正な顔。
「なんか、ちゅうとかしちゃいそうな距離」
ちゅう?
・・・・・・・・・ちゅう、か。
確かに、鼻の頭がくっつくような距離。
うん、ちゅうするみたいな距離。
なので、目の前の唇にチュッと軽くキスしてみる。
アルがびっくりして目を瞠ってる。してやったり、って感じで小気味いい。
もう一回くちづける。やわらかくて、気持ちいい。
うん、やっぱこんな感じこんなかんじ。
だけど、足りない。
「もっと」
見上げる。アルの硬直が解けて、ふっと目を細める。男らしい顔。
「もっと?」
「ん。もっと」
ねだって、目を閉じる。期待どおりの感触、水が湧き出すみたいに何かが溢れて満ちてくる・・・・・・・・・のに胸がざわざわと乱れて。
足りない。足りない。もっと・・・・・・・。
「もっと」
息継ぎの間にまた、キスをねだって。
だって足りないんだ。これだと思うのに、足りないんだもどかしいんだ。
だから、もっと。な、アル・・・・・・・・・もっと・・・・・もっと。
口づけが深くなる。触れ合った唇から甘くしびれて、全身が溶けそう。気持ちいい・・・・・・・でも、足りない。
もっと・・・・・・もっと。
「もっと・・・・・・・・・」
アルが、ちょっと怒ったような顔をして身を起こす。
それが不満で、俺も眉間にしわを寄せる。
「兄さん、意味わかってて言ってる?」
今自分がどんな顔してどんなたちの悪いことを言ってるか解っているのか、と。
だって、抱きしめてると満たされてくるんだキスしてると抱きしめられてると満たされてくるんだ。だけど足りないんだもっともっと欲しいんだ・・・・・・お前のこと、全部。
何で解んないんだよ馬鹿アル。
「あぁもう!理性ブチ切れそうだよ!なんでそんな顔まで可愛いんだよバカ兄!」
可愛いのも大概にしろ、と意味不明な逆上をするアルの表情がコロコロ変わって、面白くて、何だよお前だってカワイイじゃんなんて思う。
カワイイ弟め、と心の中でつぶやきながら、その苦虫を噛み潰したような表情の赤い頬を両手で包み込んでみる。
「キス」
あ、アルの眉間のしわが深くなってら。
「・・・・っ!もう途中でいやだって言っても止めてやらないんだからね!キスだけで済むと思うな覚悟してろよ!」
腕をつかまれ引き起こされる。
「とにかく、まずは家に入る!続きはそれから!」
視界がギュンと勢いよく動いて、肩に担ぎ上げられたと知る。
いつの間にか俺よかでかくなりやがって。
そっかー、キスだけじゃ済まないのかー。
うん、いいけど。
アルだし。
遠ざかってゆく景色がゆらゆらと揺らぐ。
いつの間にか大きくなっていた弟が、思いのほか逞しくなっていたことに改めて気付いてちょっと悔しい気もするのに、なんとなく頬が緩む。
ゆるぎない足取りの肩に揺られて、後の展開に、期待が9割不安が1割。
END
結局のところ、モヤモヤというよりウズウズとかむらむらだったと言う話。