『永劫の闇・永遠の混沌』






『この世の中で、僕だけが、あなたに恋をしてはいけない』
 何度自分に言い聞かせても、あなたへの恋心はとめどなく降り積もって。
『この広い世界でただ、僕だけが、あなたと結ばれることができない』
 倫理は理不尽にさえ思えて、叫びだしたくて引き裂かれそうになって。



 僕の心は、闇を抱える。
 僕の心は、限界を迎える。



 あなたの血肉を啜りたいと欲し。
 あなたのすべてを喰らい尽くしたいと、渇望する。







 僕の愛は・・・・・・狂気へと、変わろうと、している。







 早く逃げてよ・・・・・・・・にいさん。










 朝から降り続く雨は外に出ようと言う気持ちをすっかり削ぎ落とし、僕らは居間に腰を落ち着かせた。触れることの叶わない相手と共に過ごすのは苦しい。けれど視線がその姿を求めて止まない。
 頁をめくる整った指先。頬にかかる金の髪。きれいな横顔。
 古い書物に影を落とすそのしなやかな金糸を細い指で耳に掛ける、さりげない仕草が僕の心臓を跳ね上がらせる。沸騰した血液が体中を駆け巡る。目が、離せなくなる。
 僕の視線に気付いたのか、兄さんが顔をあげ、儚く笑った。
 もう暫く、あの勝ち誇ったような不遜な笑顔を見ていない。大人の落ち着きを手に入れたのかと最初は思ったものだが、どうにも様子が違うと気付いた。
 多分、このところあまりよく眠れていないのだろう。

 最近少し、兄さんは、痩せた。

 影を濃く落とす細い首筋に。浮き上がった鎖骨に。青白い薄い瞼に。
 生身の、思春期の少年の肉体は情けないほど呆気なく発情する。今だってほら、その形のいい鎖骨に歯をあて、甘く啼かせてみたいと思っている。その肌を啜り、所有の印をつけて。その身体を割り開いて、あなたの身体の奥深くで繋がりたいと。
 いやらしい僕の白昼夢とは対照的に、兄さん、あなたはあまりにも静かできれいだ。
 僕のこのきたならしい欲望を感じ取っているのだろうか。
 僕のこのけがらわしい欲望さえも自分の罪としてしまったのだろうか。何もかも一人で背負い込もうとする、兄さんの悪い癖で。
 ふっくらとした幼さは消え去り、静かな顔で、兄さんは儚く微笑む。
 すべてを諦めた生贄のような静かな顔で、手を伸ばせば捕らえられてしまう距離で、警戒の色など微塵も見せずに。
 

 兄さんが本の頁をめくる音が、僕の思考を現に引き戻した。


 僕の愛が狂気に変わる。
 僕の愛が、兄さんを追い詰める。
 終わりのない螺旋にまた思考がはまり込んでいる。
 少し頭を冷やそうと、僕は沈み込んでいたソファーから身を起こした。
「ちょっと、出てくる」
 立ち上がり、ドアへと向かう。背後であわただしく、椅子をひく音が聞こえる。本を閉じる音。
 小さく鋭く、兄さんが息をのむ音。
 驚いて振り返ると、腰を浮かせてテーブルに手を付き不安そうに僕を見つめる兄さんと目が合った。
「どこに、行くんだ。アル?」
 視線を外すつもりで兄さんの手元を見て、僕はぎょっとした。本の傍らに置かれた右手の、指先に赤い色が見えたからだ。
「兄さん、指、血が出てる。本で切ったの?」
 慌てて駆け寄り、傷口を見ようとその手をとる。深く切れた傷から、真っ赤な血の珠がぷつぷつと膨れ上がり、隣り合ったそれらは互いを取り込んで滴り始める。
「そんなことはどうだっていい。今日はどこへも出かけないって、お前、言ってたじゃないか」
 震える兄さんの声を僕は、すこし、遠くで聞いた。
 真理から取り戻した兄さんの生身の右腕。
 その指先から流れた血は真新しい、傷ひとつ無かったきれいな手を伝わり、その手を握る僕の手までをも赤く濡らした。
 兄さんの血。長い間、兄さんの血で描かれた血印の中に棲んでいた僕。僕と、兄さんを結ぶ赤。

 目の前が赤く染まり、引き込まれるように、吸い寄せられるように、僕は、その滴る赤に唇を寄せた。
 わずかに塩辛いはずの鉄の味は何故か口腔に甘く広がり僕を酔わせる。
 いく筋も伝わる血液を舌で拭い、傷口を啜る。もっともっと味わいたくて、僕は夢中で嘗めしゃぶる。湿った水音が、窓の外で響く雨音に溶けてゆく。

 美味い・・・・・・もっと、寄越せよ・・・・・・・。

 ザワリ、と、僕の中で凶暴な闇が目を覚ます。ドクドクと脈打ち、すべてを呑み込もうと真っ黒い口を大きく広げる。僕の心は闇を抱く。僕の心が闇に染まる。ボクノココロハ・・・・・・・・・・・。







 トサッという音とともに腕を下方に引かれて僕は我に返った。



 俯き、小刻みに身体を震わせた兄さんが、床にへたり込んでいる。
 今しがたの自分の行為が頭の中を駆け巡る。






 兄さんの顔を怖くて見ることが出来ないまま、僕は、雨の中に飛び出した。








 僕の心は闇を抱える。
 僕の心は限界を迎える。
 僕の心が闇に染まる。
 僕の心が限界を迎える。
 僕の愛は狂気へと変わる。
 僕の愛が狂気へと変わる。



 僕の心が・・・・・・・・・・。



 雨の中を歩き回って、僕は自分の限界を考える。
 兄さんを欲しがる心が限界を迎えていると、思い知る。
 これ以上傍にいたら、近いうちに僕は取り返しのつかないことをしてしまう。僕という'弟'を大切に思ってくれる兄さんを悲しませてしまう。
 それでも兄さんは、僕に身体を差し出すだろう。長い間生身の肉体を持たなかった僕に、肉親としての愛と、罪悪感と、憐れみをもって。
 それにつけ込んでしまえと、闇が僕を唆す。
 身体だけなら、簡単に手に入るじゃないかと。



 ダメだダメだダメだ。
 僕が欲しいのはそんなことじゃない。
 僕の望みはそんなものじゃない。
 そんなものでは、ない筈だ。






 誰よりも幸せになって欲しい。
 いつだって笑っていて欲しい。
 世界で一番、愛するあなたの鮮やかな笑顔を一番近くで見ていたい。
 愛している。
 愛している。
 愛している。
 なのに、僕が兄さんを傷つけた。
 僕の愛ではあなたを追い詰めることしか出来ない。
 愛している。
 愛している。
 愛している。
 声に出して、あなたに告げてしまいそうになる。





 愛しているよ。そう、告げてしまいたくなる。





 もう、限界なのかもしれない。僕の理性はなんてあてにならない。
 先刻しでかしてしまったことで、兄さんは僕を嫌悪したに違いない。
 僕はなんて愚かなのだろう。もう少し上手に自分をコントロールできたなら、まだ暫くは愛するあなたの傍にいられただろうに。
 あなたに笑顔を向けてもらえただろうに。













「アル、お前今・・・・・・なんて、言った?」
 大きく見開かれた金の瞳に僕の姿が映っている。困り顔の僕が、大きく揺らいだ。まるで信じられないとでもいうように、兄さんが頭を振ったから。
「僕は旅に出る。兄さんはリゼンブールに戻るといい、あそこにはウィンリィもピナコばっちゃんもいる」
 あの村にいれば、兄さんは寂しい想いをしなくてすむ。あの村にいてくれれば、僕は安心して出て行ける。
 ひどく勝手なことを言っているという自覚はある。僕が安心したい為だけに、兄さんの希望も都合も考えないで。
 でも、ごめんね、兄さん。
 あの光あふれる故郷であなたがしあわせでいると思えば、僕はきっと大丈夫だから。
 あなたの幸せをどこからでもずっと、祈っているから。
 僕はあなたが欲しいけど、欲しくて欲しくてたまらないけど。愛しているから、僕の闇には引きずり込めないから。
 あなたは光に包まれて、笑って。


 世界中に人はたくさんいるけど、あなただけ愛してる。
 愛しているよ、兄さん。


「なんで、どうして、どうしてだよ!旅ならまた、二人ですればいい。どうして俺だけリゼンブールに帰れなんて言うんだよ、アル!」
 あんなことをしたのにそれでもまだ兄さんが引き止めてくれる。
 ああ、もう充分だ。僕はもう、充分に幸せだ。
 自然に笑みがこぼれる。笑って、ここを出て行ける。
「一人旅をしてみようと思って」
 あなたが僕を惜しんでくれているうちに。あなたが僕を嫌わないでいてくれるうちに。
 僕の心は闇を抱いているから。
 深い深い闇を抱いているから。
 血のつながった実の兄に肉欲を覚える、狂ってしまった僕だから。優しくてきれいなあなたとはもう、一緒にいることは出来ないから。あなたを穢してしまうから。
 だからどうか、出て行かせて。
 この永遠の混沌の中で、あなたという光を宝物にして生きて行くから。
 あなたが僕を惜しんでくれているうちに、出ていかせて。
「・・・・・一緒に行ったら、駄目、なのか?」
 俯いた小さな頭。いつの頃からか編むことを止めた金の髪。風になびいてきれいだったね。
「行くなよ・・・・・・・・・アル」
 兄さんの声が震えて聞こえる。泣き出してしまいそうに聞こえる。
「ごめんね、兄さん」
 僕の心は、都合のいい幻想ばかりをみている。




 雨はまだ降り続いていた。止む気配を見せないどころかますますその勢いを増し、窓を強く叩く。
 兄さんはあれからずっと見張っていて疲れ果てたのだろう、ソファーで僕を睨みつけていた姿勢のまま眠ってしまった。
 起こさないようにそっと抱き上げてベッドに運んだ。兄さんの重みが、腕の中で甘く溶ける。腕の中の幸せを大切にベッドへ横たえる。
 最初で最後だからと自分に言い訳をしながら、兄さんの唇にキスを落とした。
 眠りの深い兄さんは、いったん寝入ってしまいさえすれば少々のことで目を覚ますことはない。今だってすやすやと安らかな寝息を立てている。いい夢を見ているのかな、表情が柔らかくて幸せそうだ。
 大丈夫。兄さんはきっと幸せになれるから、この雨音に紛れて、僕は出て行こう。
 あなたと過ごす最後の時に、僕の中にまだ残っているきれいな部分が闇を押さえ込んでくれていて良かった。あなたを壊してしまう前に、僕が壊れてしまう前に出て行かれる。
 明かりを落とす前に、もう一度だけ僕は、いとしい人の姿を瞼に焼き付けた。
「おやすみ兄さん。いい夢を」

 外は土砂降りの雨。それでも念を入れて音を立てないように、ぼくはそっと扉を閉めた。
 さようなら、兄さん。愛する人。













 北部にある小さな町のさらに外れに小さな家を買って、僕らはここで、一年間を共に過ごした。
 よく、一年持ったものだと思う。その間ずっと心に闇を育てていたとしても。それでも僕らは何一つ欠けることのない身体で笑顔を交わした。
 兄さんがあんな悲しげに笑うようになったのは、いつ頃からだったのだろう。そんなことを考えながら雨の強く降りつける中、僕は駅へと脚を進めた。
 家から駅までの間には小さな川がある。
 普段は歩いてもわたれそうな細く浅い河川だけれど、雪融けの頃や大雨が降ったときには一気に水かさが増す。今日のような、どしゃぶりの日には。
 ブリッグズ山のほうではきっと、ここよりももっと雨足が強いのだろう。雪融けの頃にはきらきらと光を弾く澄んだ水が、いまはその圧倒的な力を持って大地を削り川辺の木々から引きちぎった枝を押し流してくる。
 土砂を含んだ水はどろどろと澱み、可憐な花を咲かせていた草木を捲き込み飲み込んでいく。
 それは、僕の抱える闇を思わせる。
 僕という澱みが触れなければ、兄さんは大丈夫。きっと幸せになれるから、大丈夫。
 川に架かる小さな橋は僕たちの住んだ家から遠く、僕は大きく迂回しなければならなかった。川辺を上流へ20分ほど登り、橋を渡ってまた、駅までの道へ30分ほどかけて川を下ってゆく。
 不便ではあったけれどそのおかげでなにか重大な用でもなければ訪ねてくる人も無く、僕らは落ち着いて暮らすことが出来た。
 なにしろ、『鋼の錬金術師』は有名すぎる。
 兄さんと共に歩く、同じ色の瞳を持った僕が『エルリック兄弟の弟のほう』だと知られるのに、そう時間がかからなかったほど。
 この国は広いようで狭いのだなと、二人で苦笑したっけ。
 戻る術を捜し求めて必死で旅をした4年間。生身の身体を取り戻して一所に腰を落ち着けて、二人で暮らしたこの一年間。歩きながら僕は、いくつもの思い出を食み返した。
 橋を渡ってから、およそ20分。
 晴れた日にはこの位置から僕らの家が小さく見えた。でもこんな雨の中、明かりの消えた家は見える筈もない。
 けれどやはり恋しくて。二人で笑った日々が恋しくて、そちらのほうに視線を向ける。目を凝らす。

 なぜだか胸騒ぎが、した。

 見えたわけでもないのに何故だか、家中の灯りが点けられているイメージが脳裏を掠めた。
 兄さんの声が、聞こえた気がした。
 迷い子が母親を呼ぶような、悲痛な叫び声が。

 雨に滲んだ外灯の明かりが一瞬、金色にはじけた。

 川の向こう岸、この雨の中薄い寝巻き一枚で白い素足を泥で汚して、全身濡れ鼠の兄さんが立ち尽くしていた。雨で視界の悪い中、必死な様相で辺りを見回して。
 そうして、兄さんが僕を見つける。金の瞳に喜色が浮かぶ。こんな視界の悪い土砂降りの中で、どうしてそれが判ってしまうんだろう。
 ほんの数秒か、それとも数分間か僕らは確かに見詰め合う。時は止まったように静かで。
 けれど次の瞬間、僕は我に返らざるを得なかった。
 二人を隔てる濁流など目に入らないかのように真っ直ぐに、僕だけを見て、兄さんが足を踏み出したからだ。
(このバカ!)
 心臓を握りつぶされる想いで、僕は土手を駆け下りる。
 土砂を含んだ水は見た目以上に破壊力がある。根ごと引き抜かれた低木やいつもはのどかな川辺の小石を押し流して捲き込みうねる。どんな泳ぎの名手にだって、こんな流れを泳ぎ切ることなんか出来やしない。
 兄さんの足が川の水を捉える。
 圧倒的な流れはまるで注意を払わない足元をいとも簡単に攫い押し流す。
(間に合え!・・・・頼むから!)
 僕は両の手のひらを合わせ、僕の中に錬成陣を構築する。
 1分でいい、揺るぎない壁を!
 兄さんを助ける間だけ、この流れを堰きとめる揺るぎない壁を!
 僕は祈るように、地面に掌を付く。頑強な壁のイメージをはっきりと大地に送り込む。
 青白い錬成光が稲妻のように辺りを照らす。
 川底を抉り、目の前に巨大な壁がそびえ立つ。
 それを確認すると、僕は倒れている兄さんを引っ掴み、真っ直ぐに土手を駆け上がった。
 背後で壁が崩れる音が響く。せき止められていた水がより勢いを増して流れだす。
「このバカ!なんて無茶をするんだ!」
 僕は、平手でひとつ兄さんの頬を張り、そして胸に深く抱きこんだ。
「ア・・・・ル。アルフォンス・・・・・・・」
 よろよろと、兄さんが僕にすがりつく。僕を呼ぶ声が甘えるように響く。
 ああ、この人は、自分がたった今死にかけた事なんて、これっぽっちも解っていない。
 安堵したばかりだというのにもう、怒りがふつふつと沸いて僕は兄さんを担ぎ上げて大またで、二度と戻らないつもりで出てきたあの家へと向かって歩き始めた。








 暖かな湯気が充満する浴室。お湯をたっぷり貼ったバスタブの淵に腰掛け、僕は兄さんを押さえつけていた。
「ほら、ちゃんと肩まで浸かる」
「・・・・・アル・・・・・・・・・」
 叱られた子供みたいに、僕の袖を引こうとする。
「腕も出さない。どこもかしこも冷え切ってたんだからね、ちゃんと温まるまでお湯から出していいのは頭だけ!」

 本当は、兄さんが風呂に浸かっている間に部屋を温めて、新しい寝巻きや熱いスープを用意するつもりだった。だのにこの人は、僕がまた出て行ってしまうと思うのか、浴室を離れると一緒に出てきてしまう。目のやり場に困っている僕の気持ちなんかまるで知らないかのように、無防備な素裸で。
 普通の弟は、兄の手を嘗めまわしたりなんかしない。もっと警戒してくれないと僕の理性がぶち切れてしまう。あのときみたいに。
「どうしてあんな無茶をしたのさ、兄さん。心臓が止まるかと思ったよ」
「・・・・・俺だって死ぬかと思った」
 当たり前だろうと頭が沸騰しそうになって息を呑む。怒鳴りつけようとした僕の目を、兄さんが真っ直ぐに見ていた。
「目が覚めたら、お前がいなくて。家中探しても・・・・・・お前がいなくて・・・・・・・・息が止まるかと思った」
 肩を抑えていた僕の手を、兄さんの両手が包み込む。僕は兄さんの瞳から視線が外せない。
「俺は、お前がいないと、ダメだから・・・・・・・」
「・・・・・・それは、勘違いだよ。兄さんがそう思いこんでしまっているだけだ」
 空いた手で、子供に言い聞かせるように兄さんの頭を撫でる。
「僕たちはちょっと、特殊な状況だったから。兄さんはずっと、僕のために旅をしてくれたから。だからそんな風に思い込んでしまっているだけだよ」
「違う・・・・・」
「兄さんは僕の身体を取り戻してくれた。言葉では言い尽くせないくらい感謝してる。だからもう、兄さんはなんの責任も感じる必要なんかないんだ。もともと、兄さん一人の罪なんかじゃなかったんだ。兄さんのおかげで僕は、また生身の身体に戻れた」
「アル・・・・・・・」
「兄さんはもう、僕から自由になって、いいんだよ?」
 自分のために生きて、いいんだよ。
 なのに。
 兄さんの顔から、表情が消えてゆく。湯で上気していた顔が紙のように白くなる。
「・・・・・・もう、俺のこと・・・・・・・・要らない?」
 兄さんの手が僕の手を離して、バスタブの底に沈んで行く。
「いらないなら・・・・・・、ほっといてくれれば、良かったのに・・・・・・・」
「何をバカなこと!」
 冗談では済まされない。僕は兄さんの両肩を掴み、視線を合わせる。
「・・・・・だって俺は・・・・・・・・・・お前が俺をいらないなら・・・・・。俺には俺なんて必要、ないんだ」
 生気のない瞳が僕を見上げる。なんの感情もこもらない声が、聞き捨てなら無い言葉をつむぐ。
「アル・・・・俺はお前しか要らないんだ。ほかの誰も要らないんだ。お前だけ居てくれればいいんだ。お前は気持ち悪いって思うかもしれないけど、ダメなんだ。お前のこと、離してやれないんだ」
 ちらりと、闇の断片が視界を横切った。
「ごめん、アル。・・・・・・好きになって、ごめん。実の兄なのに、血がつながっているのに、俺は、お前に触れて欲しいんだ。抱かれたいんだ、男のくせに・・・・・・・気持ち悪いやつで、ごめん。でも・・・・・・・お前を離してやれないんだ」
 僕の心は静まり返って、兄さんの言葉を聞いていた。その意味を間違えないように咀嚼する。
 なんてことだ。それでは兄さんも、僕と同じ闇に捕らわれていたということか。
 まったくどうしようもない茶番だ。自分の気持ちに手一杯になってお互いにお互いをきれいなものにして。僕たちは二人そろってまるで同じ方向を向いて・・・・・・。
 誰よりも、幸せになって欲しかった。太陽の光をいっぱいに浴びて、誰からも祝福されて。
 同じ想いを抱いていたと知って、嬉しいよりも、悲しくなった。悲しくて、笑ってしまった。
「・・・・・・・・アル・・・・・・?」
 兄さんが、僕の愛しい人が、不安そうな顔で見上げている。
 今にも泣きだしそうな顔をして、けれどそれを懸命にこらえる顔をして。
「兄さん、どこか遠くへ行こうか、二人で」
 僕の心は、闇を抱いている。
 誰よりも幸せになって欲しかった。太陽の光をいっぱいに浴びて、誰からも祝福されて。
「僕たちのことを知ってる人が誰も居ない遠くへ」
 けれど・・・・・・・・。
 兄さんが同じ闇を抱いているのなら。僕と同じ闇を抱いているのなら・・・・・・。
「僕たちが、兄弟だって知ってる人がひとりも居ない遠くに行ってそこで」
 僕を見つめる金の瞳に、光が灯る。
「兄さん・・・・・・・僕の恋人に、なる?」
 見開いた瞳が、とろりと揺らぐ。
「いいの・・・・・か?俺を・・・・恋人にして、くれ、る・・・・・・?」
「その代わり、兄さんからキスしてよ」
 ずっと、欲しくてたまらなかったしなやかな腕が僕の首に絡み付き、餓えるほどに欲しかったその唇が重なった。






『この世の中で僕だけが、あなたに恋をしてはいけない』
『この広い世の中で、僕だけがあなたと結ばれない』
 ずっと、自分に言い聞かせてきた。こんなふうに、あなたを手に入れる日が来るなんて、思ってもみなかった。
 あなたは光を浴びて、誰からも祝福されて、幸せになるべきだと思っていたから。
 けれど、あなたが闇を抱いているなら、僕と同じ闇を抱いているなら。
 僕は、この永劫の闇の中をあなたと歩こう。


 あなたと、二人で。