『ここが僕らの約束の地なら』









もしもここが僕と兄さんの約束の地なら僕は、ここであなたを力いっぱい抱きしめよう。







 すべてを金色に染め上げる夕刻の日差しの中、空に向かって伸ばした僕の右手に触れる、ひやりと冷たい鋼の感触。
 戦慄と興奮と感動と喜び。
 その手に触れた記憶なんてないけど、その温度を僕が知っていたわけなんて無いはずだけど、それでも間違いないと確信した。絶対に離すもんかと、しっかりと握った。
 そのつややかな鋼の右腕を思い切りよく引き寄せる。
 透明な水のような空間に浮かぶ、光り輝く門がぽっかりと口を開く。
 僕の腕の中に、兄さんが、降ってきた。
「兄さん・・・・でしょう?エドワード・エルリック、でしょう?」
 僕のなくした4年間、リゼンブールでウィンリィやばっちゃんに兄さんのことを聞きながら過した2年間。そして、師匠の下で修行を重ねた2年間。
 僕と兄さんが焼き払った、かつて僕らの家だったこの場所はもうすっかり草に覆われて柔らかな緑色。
 腕の中のその人はつややかな金の髪、見開いた目は僕と同じ金の瞳。
「会いたかった・・・・・・・・。会いたかったよ・・・・兄さん」
「アル・・・?本当に、アルか?・・・・・・・ちゃんと、体を取り戻せたのか?」
 すぐには信じられないみたいで、放心したような顔で兄さんが呟く。
 兄さんの左手が、僕の頬に触れる。そっと、確かめるみたいに。
 温かな、兄さんの掌。指先が少し冷たくて、僕の知っている11歳のころの兄さんとはちょっと違う。あのころは僕も兄さんも本当に小さな子供でふっくらしていて体温も高かった。
 写真の中の、どこか思いつめた瞳の少年よりもずっと大人びてきれいで、ほんとうなら1歳しか違わない筈なのに僕だけが取り残されたみたいで少し悔しい。
「兄さんが、取り戻してくれたんだよ」
 だけど僕には兄さんと旅した4年間の記憶がない。
 この身体も、10歳で一度失ったときの続き。
 母さんを練成しようとしてそのリバウンドが足元から這い上がってきて兄さんに手を伸ばした‘あの時’と、見たこともない豪奢なホールにたった一人で目覚めた‘あの時’が不自然に貼り合わされた、それが今の僕が持っているすべて。
 それを簡単に告げると、兄さんは、少し寂しそうな顔で口元だけ、笑みの形を作った。
 本当は、兄さんに会えたらもっといろいろ言いたいことがあったのに、感動と喜びと興奮と切なさが咽喉元まで込み上げてきて、ただ、ぎゅっと兄さんを抱きしめた。
「おかえり、兄さん」
「・・・・・・ただいま。アル・・・アルフォンス」
 僕たちは二人、その場にへたり込んでただただずっと、お互いを抱きしめていた。
 僕らの頭上で星が瞬くまで、ずっと。








 僕らはこの地で再会を果たした。
 ここが僕らの約束の地なら、ここであなたにキスをしよう。








 ばっちゃんもウィンリィもすごく驚いて大喜びで、その日の夕食はとても賑やかだった。
「日が落ちる前に帰ってきてたんならどうしてすぐに連絡しないのよ!わかってればもっとご馳走作っておいたのに。あんたはもぅ、ほんとにいっつもいきなりなんだから!」
 泣き虫ウィンリィは19歳になった今でも涙線がゆるくて、今もまたボロボロと涙をこぼしている。
「ウィンリィだって相変わらずの泣き虫じゃねぇか」
 口は悪いけど兄さんの笑顔は穏やかで、大人みたいな余裕を見せる。
 僕だけが子供で。僕一人だけが子供のままで、取り残されて。
 悔しいからせめて、と、僕はさっきから‘子供の特権’を使いまくり兄さんの膝にすがり話をねだっていた。
「アル、アルフォンス」
 兄さんの指が僕の髪を撫でる。兄さんが僕の名前を呼ぶ。うれしそうに。
「なぁに、兄さん?」
「本当に、アルフォンスなんだな、この髪、身体。・・・・・・温かいな」
「なに言ってるの、当たり前でしょう」
 くすくす笑ってその膝にかけたブランケットに頬を摺り寄せた姿勢のままで見上げると、兄さんが微笑む。嬉しくてたまらないといった顔で、花が咲いたように。写真の中の兄さんにずっと恋していた僕はたまらない気持ちになって、ブランケットに顔を埋める。兄さんの脚が緊張するみたいにピクリと動く。
 そっと兄さんの顔を盗み見ると、目尻を赤く染めて困ったような笑顔が映った。


 長い間調整のできていなかった兄さんの機械鎧は動きも悪く、また、兄さんの体の成長に合わなかったので、ばっちゃんとウィンリィが外して工房へ持っていってしまった。
 初めて見るその大きな傷跡。
 それを痛々しいと思うのと同時に、ぞくぞくとした痺れが僕の身体中を這い回り指先に溜まる。
 触れてみたいと、思った。
 指先で、くちびるで。
 その痛ましい、愛しい傷跡に。
 這い上がる痺れ押さえ込んだ情動。それは確かに、性欲だった。
 膝に置いていた腕を腰に回し、兄さんをきゅうと抱きしめる。傍目に見ればでもそれはきっと、子供の僕が甘えて抱きついているようにしか見えないに違いない。
 まあ、いいさ。
 今はまだ、それでいい。そのほうが都合がいい。
 まるで『お客さん』のような空気をまとって椅子に座っている兄さんをまたすぐにでもどこかへ旅立ってしまいそうな兄さんをどうすれば僕に繋ぎ止めておけるのか、それを考えることが今の僕には先決だ。
 修理している機械鎧を自由に動かすことのできる手足を取り上げて動けなくしてしまえばいいのかな。押さえつけて抱いて、僕のものにしてしまえばいいのかな。そうして僕から離れられなくなればいい。
 兄さんを僕のものにする瞬間を想像する。僕の脳髄が、甘い毒に満たされて酩酊する。
 今はまだ、僕を子供だと思って油断していて。隙を見せて。
 だって僕は、こんな情動を知らない。こんなに強い欲求を知らない。ほかの誰も、こんなに欲しいと思わない。
 僕の想いは、あなたにしか向かない。あなたしか欲しくない。あなたがいれば、ほかの誰も、必要ない。
 だから今はまだ、僕を子供だと思って油断していて。付け入る隙を、見せ続けていて。
「帰ってこられたんだな、本当に。ちゃんとお前のところに」
「そうだよ、兄さん。会いたかったよ、ずっとずっと、会いたかったよ」
「ああ、俺も会いたかった。ずっと、アルに、お前に会いたかった」

 ねぇ、ならどうして、そんな寂しそうに笑うの、兄さん?

 兄さんの腰に回した腕に、力を入れる。兄さんの腿に頬擦りをする。
 筋肉がびくりと震え、僕の髪を抱いていた指先がこわばる。
 けれど兄さんの身体はぱぁっと発熱し、僕はその反応に満足と安堵を覚えた。









 僕は窓の外、僕らが再会を果たした場所かつて僕らの家があった場所へと目を向けた。
 ここが僕らの約束の地なら、あなたはここに、いるべきでしょう?








「お、おいアル、降ろせって」
「ほら、暴れるとかえって危ないよ。ちゃんとしがみついてて」
「だから、俺は肩を貸してくれって言っただけだろ」
 部屋に上る階段の下、横抱きに抱えた僕の腕の中で兄さんがもがいている。
「だいたい、お前のほうが小さいじゃないか」
「あ、なんか兄さんに小さいって言われるのって屈辱。昔は僕のほうが大きかったのにさ。でも、小さいって言ったってせいぜい5センチくらいじゃないか、たいした違いじゃないよ。それに兄さんが14歳の頃よりは大きいんじゃないの?」
「あっ、お前、人が気にしてることを!」
 くすくすと笑いあって、兄さんがようやく僕の首に腕を回す。
 トクトクと、少し早い兄さんの鼓動。鼻先をくすぐる兄さんの香り。
 僕の心は満たされ潤い、僕の身体が飢えて求める。
 もう少し我慢してろよ、今はまだ‘そのとき’じゃない。
「本当に大丈夫なのか?重いだろ」
「全然、機械鎧外しちゃってるし。それに、イズミ師匠に散々鍛えられたからね」
「そうか・・・・・・なら、大丈夫だな」
 遠くを懐かしむ声で兄さんが呟く。
「師匠は、元気か?」
 僕は兄さんを抱えたまま階段を上る。
「相変わらずだよ。寝込んだり起きたりしながら・・・・・・それでも最強なんだから敵わないよ」
「はは、まったくだ。師匠にだけは勝てる気がしたこと一度だってないな」
「兄さんでもそうなんだ」
 笑いながら、ベッドの上に兄さんを降ろす。すぐにでも覆いかぶさりたがる身体を宥めすかし、なんでもない素振りで兄さんの着替えを手伝った。
 機械鎧のない異郷の地で、肌を隠し続けていたという兄さんは子供のころの健康的な小麦色がすっかりと抜けて白くなまめかしい。
「あれ、兄さん。乳首、片方だけ?」
「じ、ジロジロ見るなよ、ばか」
 左胸を飾る淡い色のそれと対になるはずのその部分はほかの傷と同じ、毛穴のないつるりとした皮膚で覆われている。恥ずかしがるみたいに身を捩った兄さんの、その大きな傷跡が赤く染まる。
「そうか、傷、大きいもんね・・・・・・・機械鎧の手術、大変だったんでしょう?」
 痛々しくて、色っぽい傷跡を指でなぞる。兄さんの身体がビクリと大きく震える。
 僕は兄さんの右肩、重い鋼の右腕を支えるために身体に埋め込まれた冷たい鋼を掌で包み込んだ。この下で、兄さんの神経は剥き出しにされて電極につながれているのだと、ウィンリィが説明してくれた。
 その神経がきちんと‘生きて’いるかどうかを確認するために、薬で麻痺させてやることができない手術を行うのだと。
 この兄は、その痛みに耐えたのだ。それも、2箇所も。
 左足は、母さんを練成しようとした代償に。
 肩から失くした右腕は、僕の魂を練成した、その代価として。
「なんてことないさ。お前を失わずにすんだんだ、右腕一本くらいなんでもない。この機械鎧はお前の身体を取戻そうって決めた、その決意の証だ。このくらい、何てことないんだ、俺には」
 そう言って優しく笑って僕の頭を抱きこんで。
 ああ、やっぱり。
 好きだ。
 兄さんが好きだ。
 僕はこの人が、たまらなく好きだ。
 視界が滲んだけど涙をぐっと堪えた。
 男だから、強くなりたいから、泣かない。


 子供のころみたいに手をつないで一緒に眠った。
 ベッドに入る直前、頬にキスをしたら兄さんは驚いて真っ赤になって。
『お休みのキスでしょ?』
 と笑うと、僕の額にキスを返してくれた。
 今はこれでいい。そう、今はまだこれでいい。
 あなたがもっと、僕に心を預けるように。







 ここが僕らの約束の地なら僕は、ここであなたに愛を告げよう。







 木々の緑、柔らかな日差し。足首まで埋まる草はところどころに白く可憐な花を咲かせてふかふかと生い茂っている。
 崩れ落ちたかつて白かった壁は8年の歳月を経て脆く風化し、焼け焦げの跡はもう見あたらない。決意を固めるために焼き払ったという、僕らが生まれた家。遠く次元を隔てて離れた僕らが再び出会った場所。
 絶望と、幸せの象徴。僕らが還るところ・・・・・・約束の地。

 車椅子から兄さんを抱いて草の上に降ろし、背後から抱きしめるように僕も腰を落ち着けた。
 さすがにもう慣れてきたのか、抱き上げても暴れなくはなったけどそれでも毎回身体をこわばらせる。耳や首筋を赤く染めて。
 その反応がなかったら、嫌がられているのではないかと思ってしまうほど。
「ああ、リゼンブールだ。何もなくて、のどかで、空気が澄んでて」
「こんないい天気の日に何もかも放り出してのんびりするのに最高でしょ?リゼンブールは」
「まったくだな」
 兄さんが腕の中でくすくすと笑う。僕は笑い転げるふりできゅうっと抱きしめて兄さんの頬に顔を寄せる。兄さんの首筋から、いい香りが立ち上った。
「あのあたりに、小さな畑があったよね。トマトやきゅうりを作って」
 僕はなんでもないみたいに、今はただの草むらと化したその場所を指差した。
「ああ。今座ってるところは花壇だったか?」
「そう、僕がひまわりなんかを育ててさ」
「リスを捕まえようって、そのひまわりの種とかごで罠作ったけどいつの間にか昼寝して餌だけ全部食べられてて」
「あの時はがっかりしたよね。しかもウィンリィには大笑いされるしさ・・・・懐かしいね」
「そうだな・・・・・・」
 古いアルバムを見るみたいに、兄さんが静かに微笑む。
 そんな、遠くから眺めるような顔はやめてよ。兄さんは、ここに帰ってきたんだろう?
 抱きしめる腕に力を入れて、肩口に顔を埋めた。
「兄さん、ここにまた、家を建てよう。家を建てて、また、二人で暮らそう」
 腕の中で兄さんの身体がビクリと震える。
 しばらく待ってみても、返事は返ってこない。
 僕は兄さんの腰に回した腕を解いて立ち上がった。
「風が出てきた・・・・・・・・・。戻ろうか、兄さん」







 あなたはまた、ここを離れようというの?僕を置いて?どこへ行こうというの?







 昨日の晩とは打って変わり、あまり言葉を交わさないまま夕食が終わった。
 ただ、オートメイルの修理の進行状況をウィンリィが語り続けていたので、僕らの間のギクシャクした空気にはたぶん、ばっちゃんも気付いてはいない。
 修理は思いのほか速く進み、明日には微調整に入るという。
 接合部分に腫れや鬱血などの異常がないかを調べるためと、兄さんはまた居間で半裸に剥かれていた。僕は椅子の背を抱いて、それを眺めている。
「エド、あんた筋肉落ちたわねー」
「しかたないだろ、機械鎧はうまく動かねぇし組み手をしようにも相手はいねぇし」
「あっちではおじさんと暮らしてたんだっけ?」
「・・・・・まぁな」
「まぁ、あのおじさんじゃぁ格闘には向かなそうよね」
 あからさまに不機嫌そうな顔をしてからかわれている兄さんは、まるでなんでもないことのようにウィンリィに身体を触らせている。あっちを向けこっちを向け脚が診づらいだなんだかんだと注文をつけられ、それにいちいち文句を言っては殴られたりしている。まるで男友達だ。

 どうして兄さんは僕が触れると真っ赤になるの?
 可能性は、確信に限りなく近くて遠い。

 明日、自由な手足を手に入れたら。新しい翼を手に入れたなら、兄さん、あなたはどこに飛び去ってしまうつもりなの?
 また僕を置いていってしまうの?




 僕には時間がない。
 僕には時間がない。
 早く、兄さんを繋ぎ止めないと。
 早く僕に、兄さんを繋ぎ止めてしまわないと。
 ぼくのものに、してしまわないと。
 たったひとつの可能性に縋って。




 階段を上る僕の腕の中で、兄さんは何も言わずにじっとしている。この重い沈黙の中ただ俯いて、僕にその表情は、見えない。
 窓から差し込む月明かりが僕らを白く照らす。静かに。

 部屋についてベッドに降ろすと、そこでようやく兄さんが顔を上げ僕をまっすぐに見上げた。何か言いかけるのをさえぎって、僕は兄さんのシャツのボタンをひとつ外した。
「アル・・・・・」
「傷、見せてよ、兄さん」
 言いながらボタンをすべて外し、シャツをはだけさせる。
 目の前に現れた大きな古傷。僕はそれに、くちびるで、触れた。
「・・・っアル!」
「静かに、兄さん。人が来るよ」
 身を捩って逃れようとする兄さんがバランスを崩してベッドにそのまま倒れこむ。素直に逃がしてあげるはずなんかもちろんなくて、僕は兄さんの身体にのしかかった。
「ダメだ、アル・・・・っ。お前は・・・・・・」
 僕の身体の下で、兄さんがもがく。
「どうして?僕だとどうしてダメなの、兄さん?」
「兄弟、じゃないか・・・・・・」
 押さえつけて僕は、腰に溜まった熱を兄さんの同じ部分に擦り付けた。
「・・・ぁ・・・・・・・・・・っ」
 小さく声を上げて、兄さんの動きが止まる。目が見開かれる。肌にぱぁっと朱が走る。
「そうだね、兄弟だよね。でも・・・・・・・兄弟だけど、恋人、だったんでしょう?」
「な、んで・・・・・・・お前、記憶が・・・ないって」
 信じられないといった顔でゆるゆると首を振る。金の髪がシーツに広がる。
「記憶は、ないよ。でも、わかる・・・・・・・兄さん自覚ないんだ?僕が触ると真っ赤になって反応して、身体が熱くなるの。ウィンリィが触ってもぜんぜん平気なのにね、何でだろうね?」
 そうして僕はまた、同じように昂ぶりを擦り付ける。
「あ、ぁ・・・っ」
 兄さんのそこも熱く脈づいているのがわかる。ドクドクと、血液が、熱が集まり芯を持つ。
 気持ちがいい。甘く、痺れるみたいだ。
「兄さん・・・・・・僕のこと、好きでしょう?」
「アル・・・・・・・・・・・ア、ルっ。駄目、だ」
「なぜ?・・・・・兄さんが好きなのは、鎧のアルフォンスだけなの?記憶をなくした僕のことは、好きじゃない?」
 怒りが絶望が悲しみが押し寄せる。目の前が赤く染まる。激情に駆られそうになる。
 兄さんのシャツを引き裂かんばかりにつかんだところで、僕は、頬を張られた。驚いて顔を見ると、ものすごく怒った顔をして僕をにらんでいる。
「馬鹿言うな・・・っ。どんな姿だって、記憶がなくったってお前はアルだろっ。俺の大切なアルフォンスだろ?」
 喚き出さんばかりの剣幕に押されて僕はすっかり毒気を抜かれてしまった。ぼぅっと見ていたら、さっき頬を叩いた左手が今度は僕の首を抱き寄せた。
「ああもう、くそっ!・・・・・・忘れたんなら・・・俺とのことを忘れたんなら、お前だけはやり直しできたのに・・・っ」
「やり直し・・・・って、なんだよ、兄さん」
 兄さんの指が僕の髪に絡まって、かき混ぜる。その手つきは乱暴で、でもやさしくて。
「人体練成の記憶も俺とのことも忘れたんなら、お前は普通に・・・・女の子と付き合っていずれちゃんとした家庭を持って、当たり前に、人並みに、幸せになれるのに・・・っ。どうして、どうしてこんな・・・・・・お前・・・・・・」
 僕の頭を胸にぎゅっと抱いて。聞こえてくる心音は少しずつ静かになって。
 声に水気が多い。涙を堪えているのかも、知れない。
「たしかに、女の子はたくさんいるよ。このリゼンブールにも、ダブりスにも。でも、でもね兄さん・・・・僕が好きになったのは、写真の中の兄さんだよ。他の誰に惹かれたこともないよ」
 兄さんの胸に頬を寄せて想いを伝える。上下する胸、滑らかな肌。そこにキスをひとつ送って、僕は上体を起こした。目を真っ赤にした兄さんを見詰める。いとおしいと思う気持ちが僕の奥から溢れかえる。
「兄さんが好きだ・・・・・好きだ」
「馬鹿だ、お前」
 兄さんが泣き笑いの顔をする。そんな顔もきれいだと思って、じっと見詰めた。
「馬鹿でいいよ。仕方がないよ、どんな女の子よりも女の人よりも、僕には兄さんが一番きれいで可愛い。・・・・・・何回記憶をなくしても、何回生まれ変わったとしても、何度でも兄さんに恋をするよ。兄さんが、好きだよ。兄さんだけが、好きだ」
 兄さんの手が僕の頬を撫でる。ふわりと一度目を閉じて、そしてまたゆっくりとまぶたを上げる。
「アル、アルフォンス・・・・・・・愛しているよ。誰よりもお前を愛しているよ。鎧のころのお前も今のお前も、遠く離れていたときもずっと、お前だけ好きで。お前だけ、愛しているよ、アルフォンス」
 僕の心が歓喜に震える。喜びがつぎつぎと湧き上がって溢れかえる。
 どうして、嬉しいと、キスしたくなるのかな。指先に唇に『嬉しい』って気持ちがしびれるみたいに溜まって、触れずにはいられなくなって・・・・・・僕は兄さんの顔中にキスを降らせてそれからゆっくりと、その赤いくちびるに、唇をかさねた。
 兄さんの身体が発熱する。嬉しくて、もっともっと熱くしたくて、そっと、舌を差し入れた。歯の裏側を舌でなぞり、夢中でくちびるを舌をむさぼる。兄さんの身体が腕の中でとろりと蕩けて、甘い感触が僕の全身に広がる。
 細胞の一つ一つが歓びにざわめく。身体中から兄さんへの愛が溢れてとまらない。もっと、もっと愛したくて。
「兄さん、僕は兄さんを僕のものにするよ。僕のにして、もう、放さない。だから諦めて、一人でどこかへ行こうとしないで僕の望まない僕の幸せなんて祈らないで兄さんが僕を幸せにして」
 兄さんが、困ったような、でも幸せそうな顔で微笑んで。
 僕たちはゆっくりと身体を重ね、切なさと悦びと脈動と、絶頂をわけあった。






 ここが僕らの約束の地。
 僕たちはここで『ひとつ』に還ろう。






「はぁ!?何、あんたオートメイル治ったばっかりだっていうのに、もう、旅に出るの!?」
「ああ、師匠や世話んなった連中に挨拶がてら、な」
「まったく落ち着きがないったら。しかもアルまで一緒に行くですって?」
 心底あきれた顔でウィンリィが盛大に溜息をつく。僕らは顔を見合わせて笑う。
「鎧のころには兄さんとずっと旅をしてた筈だけど、今の僕はそれを覚えてないから。兄さんと一緒に辿ってみたいなって思って」
「まぁね、アルはエドに会うためにずっと頑張ってきたものね。いまさらお留守番でもないか」
 仕方ないわね、と苦笑しながら見やった先には二人掛りの錬金術で造ったばかりの僕らの家。
「でも、だったらなんであんた達、このタイミングで家なんか建ててるのよ。居ない間の管理や掃除はどうするつもりなのかしらね?」
「それはまぁ、アレだ。頼んだぞウィンリィ」
 笑顔のこめかみには青筋が浮いていて、その軍手をはめた手にはスパナがぐっと握られている。子供のころ、女の子の中で一番強かったウィンリィは今もあのころのまま、変わらない。
「帰ってくる前にはちゃんと連絡入れなさいよ。エドじゃあてにならないから、アル、あんたがちゃんとするのよ」
「はーい。じゃぁウィンリィ、僕らが‘帰ってくる’家、よろしくね」
「はいはい。いってらっしゃい」
 ちょっと町まで買い物に行くみたいにウィンリィが軽く手を振った。
 きっと、いつもこんなふうに見送ってくれた。
 僕らもじゃぁ、と、手を振って歩き出す。
 きっとこれが、変わらず続いた僕らのスタイル。
 風が日差しが穏やかで、記憶の中の子供のころも今でもあまり変わらないリゼンブール。
 あたりまえに見送って迎えてくれる幼馴染が居て、僕らの家があるところ。
 家もウィンリィも見えなくなって、僕らはそっと、手をつないだ。





 僕らはこの地で生まれ育って。
 僕らはこの地で再会を果たして。時間も距離もすべてを越えて再会を果たして。
 僕らはここで愛を誓って。
 どんなに離れても、僕らはここに帰ってくる。



 僕らがいつでも帰る所・・・・・・・・・・・・そこが、約束の地。





END