喜んでくれるかな?
甘いものが大好きな兄さん、喜んでくれるかな?
流石はこの国の一番の都市、セントラル。
女の子たちはおしゃれで流行に敏感で、街にも素敵な構えの店が立ち並んでいて。
その中でも一際若い女の子たちでごった返した店があった。
しかも、それは一軒ではなくところどころに点在している。
「あそこは一体、何の店なんですか?」
その人だかりを腰に手を当てて呆れたように眺めていた八百屋のおばさんに、驚かさないように静かに僕は尋ねてみた。
「あれかい?あれはこの辺でも人気の菓子屋だよ・・・・・・って、お兄さんずいぶん勇ましい格好だねぇ」
向かいの店を指差しながら僕を振り向いたおばさんは一瞬驚いたような顔をしたけどすぐに、ころころと朗らかに笑って僕に答えてくれた。
「あんなに人だかりが出来るほど?あ、でもあっちにも人だかりがありますよね?」
「今日は特別あぁなんだよ。雑誌で外国の‘バレンタイン・デー’って風習が紹介されたらしくてね。今日、2月14日には女の子が好きな男に愛を告白する日なんだとさ、チョコレートをプレゼントしてね。それに女の子たちが飛びついたって訳だよ」
肩をすくめて、おばさんは告白くらい何時だってすればいいのにねぇ、と笑った。
うん、でもそういうお祭り騒ぎに乗じないと、勇気の出せない女の子も居るかもしれない。そう言ったらおばさんは、鎧のお兄さんイイオトコだねぇとまた笑った。
そんなんじゃないですよ、と、僕も笑ってオレンジを3つ買った。
「チョコレート、僕も買って帰ろうかな」
「おや、お兄さんは貰う方じゃないのさ。あぁでも、鎧なんか着込んでたら女の子たちも近寄りがたいだろうに」
「うん、でもいいんだ。僕の好きな人は僕のこと解ってくれているから」
「なら、それこそその好きな人から貰えそうなもんだけどね」
今更告白でもなさそうじゃないのと言うおばさんからオレンジの入った袋を受け取る。
「その人、甘いものが大好きなんです。だから、そんなに美味しいなら食べさせてあげたいなって」
「あらまぁ、あんたの恋人は幸せものだねえ」
「こ、恋人なんて、そんなんじゃないんです・・・・・・僕が勝手に好きなだけで」
慌てふためく僕におばさんは破顔して、それから1ブロック先の小さな路地を指差した。
「いいことを教えてあげようね。あの路地を入ったところに小さな菓子屋があるんだよ。人気があるのは目の前の店だけどね、味は断然その店のほうが上さ。あたしゃ、あれ以上美味しいチョコレート菓子は食べたことないね。店構えや包みは地味だけど、お勧めだよ」
「ありがとう、行ってみます!」
僕はおばさんにお礼を言ってつり銭をもらって、教えられた店へ向かった。
速めた足がガシャガシャと音を立てる。リズミカルなそれは、浮き立つ僕の気持ちそのままに小気味よく響いた。
喜んでくれるかな?
甘いものが大すきな兄さん、喜んでくれるかな?
「ただいま!兄さん、おみやげがあるんだ」
「おう。おかえり、アル。土産?何?」
丁度よくひと段落着いていたんだろうか、兄さんは読んでいた本を閉じて部屋の中央に置かれていたティーテーブルへ寄って来る。
「チョコレートケーキ。兄さん甘いものすきでしょ?この店のがすごく美味しいって聞いたんだ。だからね、兄さんにおみやげ」
「へぇ、ありがとな、アル」
ニコニコと笑って兄さんが椅子に座る。喜んでくれるのがとっても嬉しい。
「今、お茶を入れるね」
「サンキュ♪」
兄さんの語尾が弾んでいる、僕の心がほわっと温かくなる。
お茶を入れる僕の後ろで、兄さんがそうっと包みを開けて中のケーキを覗いている。
覗きこんで、柔らかく笑っている。
見ているこっちが嬉しくてたまらなくなる笑顔で。
テーブルに戻ってお茶を差し出すと、兄さんはナイフを持ったまま僕を見上げた。
「なんか、ナイフ入れちまうの勿体ねぇー」
目を細めて、子猫みたいな顔で。
「べつに、丸かじりしたっていいのに」
「そんなもったいない食い方できねぇもん」
いつもの兄さんの台詞とはとても思えないけど、僕の買ってきたチョコレートケーキをそんな大切そうにしてくれるなんてうれしい。
見たこともないような丁寧な手つきでケーキにナイフを入れてゆく。倒さないようにそっとお皿に取り分ける。
三角のケーキの先をゆっくりとフォークで切りとり、やっぱりゆっくりと口に入れる。
すきだよ、好きだよ、兄さん。
口にすることの出来ない想いを心の中で呟いて。
届くはずのない、届いてはいけない想いをこの空っぽの鎧の中に閉じ込めて。
だって僕は弟だから、あなたに恋をしちゃいけない血のつながった弟だから。
「す・・・・っごい美味い!」
一瞬驚いたような顔をした兄さんが、破顔して僕を見上げる。
蕩けてしまいそうな、幸せそうな顔で笑う。
嬉しいな、そんなに喜んでもらえるなんて、嬉しい。とっても。
「美味しい?よかった、喜んでもらえて」
「うん、すごい美味い。こんなに美味いのはじめてだ」
よかった、買ってきて。兄さんがこんなに喜んでくれるなら、本当によかった。八百屋のおばさんにあの店を教えてもらえて本当によかった。感謝しなくちゃ。
「なぁアル、お前の身体を取戻したらさ・・・俺もお前にこのチョコレートケーキをプレゼントしてやるよ」
「いいの?わぁ、うれしいな」
約束する、と悪戯っぽく笑って、兄さんはほぼ半分を平らげた。
「残りは明日に取っておく」そう言って立ち上がり、部屋に置かれた小さなキッチンにケーキの入った箱を運ぶ。
後片付けは自分でするといって午後の光の射すキッチンで、金の髪を逆光に透かして。
一枚の絵のように、きれいな立ち姿に、僕は見とれる。
「だから、アル、来年の2月14日には一緒にこのチョコレート、食べような」
含み笑いのように、楽しそうにそう言って。
END
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