『 かの者の祈り、嘆きにも似て 』










 降り出した雨にはみぞれが混じり機械鎧の接合部分が刺し貫かれるような痛みを訴える。
 山沿いではもう雪が深く積もり、汽車も止まってしまったのだという。
 これでは流石に先へ進むのは無理かと溜息をついて、一夜の宿を捜し歩いた。
 異郷の地での、終わりの見えない旅。
 必ず帰るとこの心に誓ったから、もう無茶だけはしないと決めた。
 あの頃みたいに安心して無茶なことが出来ないから。ここにはお前が居ないから。






 なあ、アル、お前は今どうしてる?
 俺はお前をちゃんと呼び戻せたか?
 何よりも大切なお前を此の世に取戻せたか?
 それが知りたいよ。
 会いたいよ、お前に。
 アルフォンス・・・・・・お前に会いたい。






 こんな、宿屋ひとつない小さな村からも男たちは戦争に駆り出され、よそ者の俺が歓迎される筈など当然ありはしない。無神論者の俺には少々気が引けるが他にもう行く当てもなくて、仕方がなく、小さな教会のドアを叩いた。
 年老いた神父はずぶぬれの俺を見て大慌てで招き入れ、手持ちがあるからと遠慮する俺に旅の途中では洗濯もろくに出来はしないだろうと言って清潔なタオルと着替えを用意してくれた。
 簡素だけれど掃除の行き届いた礼拝堂、丸いガラスのはまった小さな窓から暖かな炎を覗かせるストーブ。訪れる者すべてを快く迎え入れようとするかのようなここの空気は神父の人柄のなせるものなのか、礼拝堂の荘厳さと相まって独特な雰囲気を醸していた。

 強い信念を柔らかなもので守るようなそんな。

 張り詰めたものをそっと解きほぐすようなそれはアルの纏う空気にも似て。
 長椅子に座ったまま俺は、ことさら丁寧に磨き上げられた十字架を見上げた。手足を杭で縫いとめられたその像は、穏やかな顔で俺を見下ろしている。



 貼り付けの聖人、あんたは、俺をも赦そうというのか。
 救世主と呼ばれ崇め奉られ、それを好ましく思わない勢力に罪人と呼ばれ貶められ。その勢力を怖れて彼を助けることを諦めたすべての人々の弱さを罪をたった一人で引き受けて赦して。
 そんな風に俺の罪をも背負おうというのか。
 いくつもの罪を重ね続けた俺のことをも赦そうというのか。

 あんたは平等を訴えて隣人を愛せよと訴えて。
 けれどこの世界にも差別はあるし貧富の差もあり、戦争はいつでも勃発して。
 人間は弱くて愚かで何度でも罪を犯して。
 それでもあんたは赦し続けるのか、貼り付けにされた、その高みから。次々と生まれ続ける繰り返される、此の世のすべての弱さを罪を。
 次々と止め処もなく生まれ続けるすべての罪をそれでもあんたは赦し続けるのか。

 なぁ、貼り付けの聖人、イエス・キリスト。

 あんたはそこで、何を望む?
 争いのない差別のない平和な世界を望むのか?
 愛という強い心を望むのか?
 けれど世界はいつでも諍いを起こし、弱い心が猜疑心や嫉妬を生む。
 弱くて他者を信じることの出来ない心が独裁者をも生み出した。
 それでもあんたは赦し続けるのか?
 それでもあんたは祈り続けるのか?
 この世界が終わりを迎えるその瞬間まで、ずっと?
 世界中の人の心が愛に満たされた平和な世界を望み、祈り続けるのか?その、嘆きに似た果て無き祈りを。
 終わりが見えなくても、諦めることをしないで。



 俺にはあんたが、尊いよりも、少し、悲しい。



 なぁ、貼り付けの聖人。
 あんたは俺の罪を背負わなくて良い。
 これは俺が持ってゆくから。
 積み重ねた罪も、俺を構成する大切な一部分だから。
 あんたは俺を赦さなくても良い、他人には汚らわしい罪だとしてもこれは俺には何よりも大切な、かけがえのない宝物だから。

 あんたの望む世界が、いつかここに訪れるといいな。
 たとえそれが世界の終わりを迎える前の、ほんのひと時だったとしても。
 人を愛しいと思う心がどんな力なのか、これでも俺は知っているから。






「客間を用意したと言っておいたでしょう。礼拝堂の長椅子では硬くて疲れが取れなかっただろうに」
 困ったような顔で笑う神父に揺り起こされて、俺は小さく伸びをした。
「いや、久々にぐっすり眠れた。どこにも痛みはないし」
 昨夜、機械鎧が上手く動作しない俺を手伝ってくれた神父の、痛むような表情を思い出して俺は小さく笑った。
「ここには整備士が居ないから今はちゃんと動かないだけで、整備さえきちんとしてやれば生身の手と変わらなく動くさ。こんなもんは何てことない」
 だから心配要らないのだと告げる。

 用意してくれた朝食をありがたく頂き、荷物を置きっぱなしにしていた礼拝堂へと戻る。
「出かける前にお祈りをしてゆくかね?」
 当たり前のことのように、けれど押し付けがましくもなくたずねてくるのに苦笑を返す。
「泊めてもらって感謝してるけど、俺は、俺のこの手足に自分の望みをかなえる力があるって信じているから、神様には縋らない。それに、俺はこの世界の人間じゃなくて、あんたたちの神様への祈りの言葉を持たないし」
 神父はそれに気を悪くする風でもなく、好々爺の顔で頷いた。
「そうか、ならば神はあなたの力をともに信じてくれるでしょう。神はすべての人を愛してくれます。異国のあなたのことも同じように。そして及ばずながら私もここで、あなたの力を信じましょう」

 いつでも神があなたを信じていること、ここで私が、あなたが望みをかなえるのを信じて願っていることを心の隅にとめて置いてください。
 どこかであなたが疲れてしまっても、あなたを信じるものが居るのだと思い出してください。それがあなたの力に為れれば。

 そう言って、神父が笑った。
「ありがとう、心強いよ」
 俺も笑ってその教会を後にした。



 戦争が長引いてこんな小さな村からも男たちが駆り出されて。今年のクリスマスは彼らの無事と亡くなった人たちが天に召されることを祈って、簡素に行うのだと神父が話していた。
 貼り付けの聖人、イエス・キリスト。
 あんたが望んだ争いのない世界がいつか訪れることを俺も少しは祈ってやるよ。
 あんたが俺を信じるのなら、そのくらいは、おあいこだろう?
 あの教会の空気は、アルの纏うそれと似ていて、あんたの足元で見た夢は、アルと二人で笑いあってる幸せな夢、だったしな。






END