「何のつもりだ、アルフォンス・エルリック」
「この体勢でそれを訊くんですか?解らない筈、ないよね。それとも・・・・・・・・・実況中継して欲しい?ねえ、ロイ・マスタング大総統?」
柔和な顔立ちに人の悪い笑みを浮かべて私を組み敷く、若い男を睨みつける。
彼の兄より少々色を落とした、液体のような金を閉じ込めた不思議な色合いの瞳。その瞳孔が、獲物を捕らえた獣のように広がる。
背を走る慄きは、この状況から抜け出すためのものというより、むしろ・・・・・・・・・。
普通に考えればとても勝算などある筈もなかった人造人間たちとの戦いは幕をおろし、私はこの位置までようやっと上り詰め、つい先日成人したばかりの彼を副官として迎えた。
彼の兄は彼の入隊を猛烈に反対していたが、アルフォンスはそれを笑顔でかわし単身でセントラルへ出て、国家資格を取った。
鎧姿での少年時代を寄り添い苦楽をともにした、彼の気の強い兄を東の田舎に残して。
それがもう、2年前。
聡い少年は術を磨き兵法を学び、年内には正式に『少佐』の地位を得る。
国家錬金術師の持つ『少佐相当官』ではなく、まったく、彼の実力で。
人当たりよく振る舞い、面白いように昇進してくる彼の成長を手元に置いて眺めるのもまた良いだろうと思った。それに時折からっぽな眼差しで遠くを見るさまが心に掛かった。
「放せ、クソガキ」
「この間誕生日祝ってくれたばっかりじゃないですか、20歳の」
だいたいこんな執務室のソファーなんかで無防備に寝てるのがいけない、などと呟いて、私の両手首を押さえたまま、歯で、唇で、器用に軍服のボタンをはずしてゆく。
「こんな‘おいた’をする奴はガキで十分だ」
手がふさがっているので脚で押しのけようとしたら逆に、膝を割られてしまった。
肉体を取り戻したときは痩せこけて小さくて、内心で兄弟揃って豆なのかと思っていたのが、コイツはやたら眠りこけているうちにいつの間にかすくすくと伸びて、気が付いたら兄のほうどころか私の身長すらも追い越していた。生意気にも。
腹筋を駆使して抜け出そうとしたものの、びくともしないのが癪に障る。
睨みあげたら、いっぱしの男みたいな悪い顔でニヤリと笑った。
「ガキかどうか、見せてあげるよ」
柔和なその容姿からは思いもよらないほど揺さぶられて、溺れてしまいそうになる。
ああ、そうだ。私は確かに知っていたんだ。アルフォンスが内包する、焔のような激しさ。
「くっ・・・・・・・ぅ・・・・っ」
突き上げられてこぼれそうになった声は、奥歯を食いしばって、堪えて。
血迷いやがって、と、声に出さず毒づく。
だって、こいつは・・・・・・・・・。
「・・・・・・・いさん・・・・・・・・・・・・・兄さんっ」
泣きそうに、歪む顔。肌に縋る食い込んだ指先が心細さを教えて、心のうちに静けさが訪れる。
「抱きしめたかったキスしたかった好きだって言いたかった。兄さんに好きだって、言いたかった」
ガキじゃないと言い張った子供が、目にいっぱい涙を溜めて。
「駄目だ・・・・・・お前達は、血の繋がった兄弟だ」
想いを伝えたところで、また二人で苦しむことになるだろう。
せっかく当たり前の肉体を取り戻したというのに、人体練成の咎からようやく開放されたというのに、これから陽の光を存分に浴びて幸せをむさぼって生きてくれればいいのに。
どうしてお前はまた、禁忌に惹かれる?
「どうしたら、忘れられるんですか・・・・・・どうしたら楽になれるんですか?兄さんから離れて中央に出てきて、何かに夢中になれば忘れられるかもと思って、必死で勉強してみたけど」
それでもどうしても忘れられなくて会いたくてたまらない、と。
忘れる方法?そんなものがあるなら、私だって知りたい。
親友への想いを未だに引きずっている私が、そんなことを知っているはずがない。
どこかに置いてこられたら楽なのだろうに、まるで私の一部のようにそれは切り離すことが出来なくて。
大切なものを増やしても守るものを増やしても、想いは薄れるどころか神聖化するばかりで。
彼もまた、同じなのだろうか。
なら、その苦しみは私が一番知るものなのだろう。
視界の端に、白い造花が映った。
殺風景だったこの部屋に、これなら枯れることがないからとアルフォンスが持ち込んだ、シルクフラワー。
生きても死んでもいないその造り物の花は、私たちになんて似合いなのだろうと溜息を逃がして、嗚咽に震える背に、腕を回した。
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